三つの違い
私は人を頼るのが苦手で、甘えるのも苦手です。
頼れる人と甘えれる人はごく僅か。
本気で甘える人は誰一人いないかもしれない。
昔、年齢バラバラの男女の仲間うちで飲みに行った時、みんなでユニクロに行きました。その際一人の女性の誕生日が2~3日の間にありました。
彼女は言いました。
「わたし、誕生日が近いからTシャツ買って~」と、仲間の1番年長の男性に。
男性、お買い上げ。
私はこれは出来ないな、と。
あぁ、こういう甘える事が出来ないから男性から見たら可愛げのない女性なんだろうなって思った。
さっきふと思ったんだけど、私さ、仕事で忙しい時「○○さん、これ手伝って」とか「腰が痛いから、これ運んで欲しい」とかは言えるよなぁ。
さっき書いたようなこと…あれは、甘えてるんじゃなくてねだってるんだ!そうか、私は人に甘えれないんじゃなくてねだれないのか。
仕事だと、甘えるというよりお願いしたり、頼んだりって言葉のほうが適してるかもしれない。
そうだ、あれはねだってるんだ。
欲しいものは自分で買う。
人にねだって買ってもらうものじゃないと、体に、脳に、染み込んでるんだ。
甘える
頼む
ねだる
この三つの違い、難しい。
モテる女性はこの三つを考えることもなく使いこなせているんでしょうね。それと、世渡りもうまいかもしれない。
逆に、私は甘えられる、頼られるが多く、ねだられることはない。
助かる。
ねだられるほど持ち合わせていない。
最後に、同じメンバーで私の誕生日前後に集まった時彼女は私の誕生日が近いとは一言も言わなかった。
さすがだ。
言葉遊び
私は自分で言うのもなんだが、頭の回転はまだいい方だと思う。”まだ”というのは、謙虚とは思えない上から目線と年齢的にの両方。
連想ゲームのように一つの会話から話題が次々飛ぶのが好き。女性特有の話題が飛ぶというのではなく、関連性を持った話題が行き来するってこと。得意でない知らない分野の話題はもちろんあるのだが、それも含めての”言葉遊び”が好き。
食べ物の話をしてる時に、その食べ物がでてた映画だったり、その食べ物にまつわる話だったり、そこから色んな話が、色んな世界が広がる事が楽しい。その楽しさを楽しんでくれる友達はいるのだが、私自身が楽しめる相手がいない。
それは老若男女共に。
なぜだろうと考えてみる。
知らない事は全て興味があるし、知ってる事を深く知るのは楽しい。
そこで頭に浮かんだのは「先入観」と「損得」だ。
この人からは変わった話は出てこないだろう、という先入観。
この人からは何も得る情報はないだろう、という損得。
普段損得を考えて行動をする私ではないのだが、損得というのは金銭面や地位だけではないんだね。
深く考えすぎ?
いえいえ、自己との対話です。
こうやって書いていると心がみえてくる。
さて、誰と話そう。
魂のふるさと
数年前に退行催眠を受けた。
単純に興味半分で、自分の過去世を人に聞くのではなく自分で見たかったから。
その時に見た過去世の自分。
過去世の自分が息を引き取った時、魂がスーッと空に、上に登って行った。
真っ暗。
遠くに見える明るいところ。
息を引き取った時幸せでした。
目を開けるとみんなの顔が見えた。
私を覗き込むみんなの顔が笑顔だ。
私は天命を全うした。
苦しくなかった。
あの時の、
あの一瞬の幸福感、
ちゃんと覚えてる。
今は、私は、幸せなんだろうか。
友人に恵まれ、仕事を持ち、生きてる。
本当に幸せなんだろうか。
たまに、ごくたまに、
あの一瞬の幸福感が早くこないかと思うときがある。たまにだ。
過去世を見ていた私は、
早くあっちに、
遠くに見える明るいところに、
戻りたいと感じた。
そう感じながら目を覚ました。
まだまだやることがある。
だからそう感じた。
だから、まだ行けない。
生きてるから。
生かされてるから。
生きてるから。
でも、たまに、ごくたまに、
魂のふるさとと呼ぶところに、
帰りたくなる時がある。