勇気を選びなさい
恐怖は自然なものだというのはわかる
だが、それに囚われてはいけない
それを脇にどけておきなさい
それがあったとしても
進んでいきなさい
つねに覚えておくがいい
勇気のある人と
臆病な人との違いは
勇気のある人には恐怖がなく
憶病な人には恐怖があるということではない
違う
それが違いなのではない
両者ともに恐怖がある
割合は同じだ
だとしたら
どこに違いがあるのか?
違いは
勇気のある人は恐怖を顧みずに進み
臆病な人は恐怖ゆえに立ち止まる
ということだ
両者ともに恐怖がある
恐怖心のない勇気ある人がいるとしたら
彼には勇気があると言うかね?
彼は機械だろう、人間ではなく
恐怖がないのは機械だけだ
だが機械には勇気があるとは言わない
機械には勇気があるとどうして言えるかね?
勇気とは
ただ恐怖にもかかわらず
何かが起こっているということだ
恐怖はそこにある
震えがそこにある
だが、それはあなたを止めていない
あなたはそれによって遮られていない
あなたはそれを踏み石として使う
動揺している
震えている
だがそれでもあなたは
未知なるものへと入っていく
両方の可能性がどの人間にもある
恐怖と勇気
ふたつのうちどれを選ぶか
にすべてがかかってくる
けっして恐怖を選んではいけない
それは手足を不自由にする
麻痺させる
あなたを破壊する
復活のチャンスを与えずに
勇気もまたあなたを破壊する
だが、その破壊はとても創造的だ
あなたを生まれかわらせる
恐怖と勇気、両方とも破壊する
だが、恐怖は破壊するだけだ
種はただ腐ってしまう
勇気の種を土壌にまいたら
それもまた死んでしまう
だが、腐ることはない
それは死ぬ
それは死んで新しい現象になる
芽が出てくる
勇気は恐怖と同じくらいあなたを殺す
だが、恐怖はあなたに
新しい命を与えずに、あなたをただ殺す
勇気はあなたに新しい命を与える
勇気を選びなさい
つねに勇気を選びなさい
インドの神秘家
和尚Oshoの講話
Walk Without Feet, Fly Without Wings and Think Without Mind, #4
より抜粋