下鴨神社には年に数回行きます。
何回か行っている中で知りえた、あまり他では知られていないことについて書きます。
ほとんどの神社には岩倉といわれる神が降臨するパワースポットがあることを、今までのパワスポ巡りで確認してきました。
さらに言えば神が降臨する、とは天と地を繋ぐパワースポットとなっている。簡単に言ってしまえば宇宙からのエネルギーが降りてきている場所ともいえるでしょう。
それらの岩倉を中心とした宇宙エネルギーと繋がるための素朴な岩倉祭祀から始まって、現在の神社のような本殿・拝殿を持つ神道に変化していったと考えられています。
下鴨神社にとってのそんな場所は比叡山麗の八瀬にある御蔭山にある御蔭神社。
この御蔭神社に御神霊をお迎えに行き本宮にお迎えするのが御蔭祭りです。
(御蔭祭りの事を古くは御生祭・みあれまつりとも言い、同様に御蔭山は御生山ともいわれる)
御蔭神社
http://everkyoto.web.fc2.com/report56.html
ある日、下鴨神社に行った帰りの河合神社にて神職の方とお話しすることがありました。
その方が1問えば10答えてくれる方で、思った以上の収穫があったのです。
下鴨神社の岩倉は地震で崩壊していてすでにないそうです(賀茂の大崩として比叡山の古文書に記されているそうです)
もともとは御蔭神社のあたりに磐座があったが、山肌が地震で崩壊した時に磐座も喪失しており、社を建てて、そこにお迎えに行くようになった。
磐座がないので上賀茂神社のように駅鈴を使った神霊を降ろす祭祀はしていない。
本宮からのお迎えである証としての御神宝を持って、社に坐す御祭神をお迎えする。と聞きました。
現在の御蔭神社とは違う場所にあったようですが(山崩れで無くなったので)、舟つなぎ磐座(湧水の磐座)という磐座があったようです。
http://www.geocities.jp/yamauo1945/mikage.html
一方で上賀茂神社には神山に現在も磐座があります。
おそらく上賀茂神社の本殿から神山(こうやま)を拝しているのかな(未確認)と思われ、本殿からは見えませんが、境内から外に出たところから神山がのぞめます。
上賀茂神社の手水舎の水は、「賀茂別雷大神」がご降臨されたという神山のくぐり水を汲み上げて使用しているといわれています。
上賀茂神社の御神事では神山の磐座に行き、鈴を鳴らして御神霊を降ろすそうです。こっちはちゃんと磐座がありますから。
その鈴とは、駅鈴というそうです。
駅鈴 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A7%85%E9%88%B4
この駅鈴と似ているものだそうです。現存する駅鈴が島根にあるということはもともと出雲族が使っていたものかも、なんて想像しちゃいます。
駅鈴を御神事に使ったのか、御神事の鈴を駅鈴として広く配布したのか?昔は鈴といえばこの形態だったのか?ウィキを見ても御神事に使うものとは書かれていませんよね。
でも、河合神社の神職は確かに、「隠岐国造家の駅鈴に似ているものです。ネットで見れますよ」と言っていた。この方は河合神社の神職なので、2回ほど上賀茂神社の御神事に参加したことがあると言っていました。
私としては鈴の音によって御神霊を呼び降ろすということが、ナルホド!でした。
そしてこの話を神職から聞いた時には、下鴨神社摂社なのに上賀茂神社の御神事にも参加するんだ。と畏れ多くも思ったものですが、一説によると河合神社こそ賀茂神社の要ともいわれてるようです。
そして古地図を見ると下鴨神社ができるより前から、賀茂川の合流地点に河合神社があり、上下2社より古いようです。
つまり秦氏が「元」糺の森がある蚕ノ社から糺の森を持ってくる前に、糺の森の場所には河合神社があった。川の合流地点だから河合神社なのね。ナルホド。
このころに秦氏と賀茂氏は手を組んだのかしらん?
河合神社には本殿の左隣に八咫烏社があります。
私的には、下鴨神社にはすでに磐座がない。だから形式的な御神事をしている。そして上賀茂神社では今でも鈴の音を使って神降ろしをしている。
ってのが!!!でした。
エジプトの神殿でも音叉=チューニングフォークを使って神々と交信していたという説があって、神殿の壁画に音叉が描かれているみたいです。
http://ameblo.jp/m-ken-net/entry-11207814232.html