下鴨神社のお祭りに、「みたらしまつり」というのがあります。
下鴨神社の中の井上社のセオリツヒメさんのお祭りです。
「みたらしまつり」では、膝上ほどの高さまで水がはられた御手洗池でろうそくに灯をともす行事で、「足つけ神事」ともいわれ無病息災を願うものです。
このみたらしまつりの時に行ってみたら、下鴨神社境内に「瀬織津姫」と書いた大きな看板が立っていました。封印されていたはずのセオリツヒメの神名をデカデカと掲げています。
最近のことなのかもしれません。でも多くの神社で神名を消されたり様々な表記をされてきたセオリツヒメさんの名がデカデカとこの時ばかりは掲げられていることに感動です。
京都人にとっては季節を彩る古くからの行事のひとつです。
元糺の森がある蚕の社でも、「みたらしまつり」は行われています。
足つけ神事をする御手洗池は蚕ノ社にもあって、これも下鴨神社にそっくりなものを造ったようです。
より秦氏との関係が深いといわれる蚕ノ社の御手洗池は、原始キリスト教徒の洗礼の場に似ている造りだともいわれています。
蚕ノ社には有名な三柱鳥居もあるしね。
そんなわけで、下鴨神社の行事から秦氏のキリスト教的洗礼と日本の女神セオリツヒメさんの水による禊が習合しているのかな、なんて思います。
でも、そもそも前回書いた下鴨神社の奥宮・御影山に磐座があった時には、舟つき岩といわれ、そこからは水が湧き出ていたともいわれ、水神様を祀っていたようなのです。賀茂氏より前に御影山のあたりを司っていた小野氏が水の神を祀っていたようです。
だからもともと水の神への信仰が奥宮・御影山ではあったということです。
下鴨神社の「みたらしまつり」は、そんな下鴨神社にとって大事な奥宮のある聖地で行われていた信仰を引き継ぐものなのかもしれません。
こんな具合に、日本の神社・信仰はもとからあるものを活かし飲み込みながら存続してきているのだと思われます。
確かに飲み込んでしまっているけど、なんらかの形で残している、継承しているんですね、きっと。