父と姉の登場により
母と二人だけの生活は変わって行った…


なつかない私を可愛くないと思ったのか姉は
優しい姉では無かった

無理矢理手を引っ張ったり蹴飛ばしたり、噛み付いてきたり
板ドアに私の指を、わざと挟んだりされた事もある
『ギャー』泣きわめく私

こんな記憶は忘れられない

母は少しだけ、姉を叱り
私の指の手当てをしてくれた

母は姉を祖母に預けた負い目があったのか?
怒っている記憶が無い

私と姉は4歳違いだけど
洋服は何故か、お揃いばかりだった
写真を見ても殆どが、お揃いの服
姉が祖母に預けられ時期も母は、お揃いの洋服を送っていたらしい
離れて居ても姉妹の証としてなのか?


父は、ペンキ塗りの仕事をしていたらしい
時々、父の友人の知らないおじいさんと、その息子が泊まりに来ていた
その息子と、姉の勉強机の上で結婚式をした覚えがある。
頭に白いタオルを乗せ、落ちない様に輪ゴムで留めて

この時が、ファーストキス全く好きな男の子では無かった。姉の企み

よく両親は喧嘩をしていた
夕飯のすき焼きの時
何故か、フライパンですき焼きをしていた時、父は、いきなりフライパンの取ってを握り母を殴った事もある
ある時は、母が玄関に父を突飛ばしたり

でも私には、優しい父だった
保育所の帰り、必ず立ち寄る、お菓子屋さんで
私は、万引きをしてしまった、子供だから悪気は無かったのだろう
母にはかなり叱られた。
父は叱られてる私に
『返しに行って、お菓子買いに行こう』と連れて行ってくれた。

ある日、父が
『お父さんと、お母さんどっちが好き?』と聞かれ
今度は私は、叱られた事の無い『お父さん』と言ってしまった…



何時間か、母は家出した

泣きわめく私…
ごめんよ、お母さん
本気じゃなかったのに

父と姉が、名古屋に来てから一年後らしい
家族は名古屋を離れ
今度は、父の二番目の兄の、仕事をする事になった
仕事をしたのは、父では無く母…
父は何をしていたのだろう?

会社が一階自宅が二階
となった家で生活する事になる

父の二番目の兄の家庭は
喧嘩ばかりで
会社に来ては夫婦喧嘩をしていた
子供は男の子が一人
私と同じ年
この男の子は、おじさんと血が繋がっていない
おじさんのは、○なし
だったそうで…
誰かの○を貰い人工受精で産まれたらしい
私と、その男の子は犬猿の仲だった。
この男の子が本当の、おじさんの子供じゃない事は
小学生の頃、既に私は知っていた
うちの親族には
『スピーカー』とあだ名が付いた人が居るから
そこから情報が流れる



私は、保育所から幼稚園に入園する事も無く、小学校に入る迄の半年近くを
家で過ごしていた
いつも母と一緒に居れる事が私は嬉しくて仕方無かった
しかし、これが
また母離れが出来ない事となる


小学校入学式
母と離されて教室に連れて行かれ
母と引き離された私は、
泣きわめいた記憶もある


小学生は普通泣かないだろう?


小学校に上がっても
団体生活に馴れていない私は内弁慶な子供で
友達も居なかったし要らなかった
母が居たから…



多分、やっと慣れた頃だろう…
引っ越しをする事になった。
次の引っ越しを機に
両親は完全なる
別居生活に入る事になった

母と姉と私の
三人暮らし
母は仕事に出る事になった

姉が私への逆襲が始まった
私が産まれて
私が男の子じゃなかったからなのか?
私は父と暮らした記憶が殆ど無い
実際には暮らして居たらしいけど。
犬が大好きな父は
ある日、101匹ワンちゃんの犬を連れて帰って来たらしい
しかも『拾った』と言ったらしい。

謎な父…

姉が縁日で、ひよこ取りをし、可愛がっていた
ひよこがニワトリになった頃は、食べちゃうし…
姉はショックで泣いたらしい
バカボンパパの様な父
否、バカボンパパは
食べようとするが
実際には食べない

それにバカボンパパより遥かに、遊び盛りの父
バカボンパパは浮気しないし


『もう1人産めば変わる』
母の読みはハズレた。



見かねた、前回登場の叔父叔母
前向きな、話し合いが開かれるはずだったらしいが、叔父は父と折り合いも悪く途中、父と叔父は喧嘩になり
話し合いは別居話に変わった


よく覚えて無いけど
『M(私)は、パパとママどっちが好き?』と聞かれたそうで私は『ママ』と言った。
その時、悲しそうな顔をしてる父を見て姉は『パパ』と言ったらしい…


姉は今でも、その話をする

姉は、父方の祖母に預けられ
私は母と名古屋で暮らす事になった。
私が3歳の頃らしい…

名古屋で母と二人で暮らす中、よく母は私を抱きしめ『悲しいね…』と泣いていた。
勿論『悲しいね』は、父が居ないからでは無く、姉が居なかったから
今でも、この時の記憶はある。

保育所に預けられていた私は、声が出ない程
泣いて泣いて、母の後を追っていた。

保育所に行くのを嫌がる私を、わずか500メートルの距離にある保育所に連れて行く為だけの為、母はカメンライダーのコマあり自転車を買ってくれた


私は団体生活に馴染めず
保育所を勝手に抜け出す幼児だった。
今思えば、保育所がいい加減だったのか?田舎だったからなのか?
探される事なく、母が仕事から帰って来る迄
1人で家に帰って遊んでいた。

それからどれだけ日にちが経ったのか
母と二人だけの生活にピリオドが打たれた


父と姉が現れたのです
実兄の会社を辞めてから
両親は父の姉家族と暮らし始めたらしい
義兄(叔父)は、会社経営で中々の遣り手。
昔は硬派なチンピラっぽい事をしていたらしいけど、叔母との交際をきっかけによく働く人に変わったらしい
叔母は、とても綺麗な人で病弱ながら、キラキラしていた

後から書くつもりだったけど長女の娘はメディアに映る仕事をしている。


叔母は身体が弱く
母がお手伝いさん代わりとして両親住み込みで暮らしていたらしい。
若い頃から、父は義兄と折り合いが悪かったらしい
それは晩年続いた
義兄の物を質屋に勝手に入れたりして…母も恥ずかしい思いをしたと思うが
一番恥ずかしく、肩身が狭かったのは、実姉の叔母だと思う。

この叔父と叔母の一言によって、後に産まれた姉と私を含む4人の運命が変わる
話が飛んでしまうので、次回に…

中々、子宝に恵まれ無かった母は叔母の娘を可愛がっていたらしい。
その後、妊娠した母は晴れて入籍を済ませ
夫婦二人の生活に戻ったらしい。

姉が誕生して父が最初に言った一言が
『なんだ女か…』だったらしい
そう言いながら、父は姉を溺愛していたらしい
姉の髪は、いつも父が行き付けの理髪店
写真を見ても、男の子みたいな短い髪にされていた

娘が可愛くても浮気する。人妻、ポチャ専の父(笑)

父は開き直りの浮気をしていたらしい…。そして母は私を身籠った…回りの人が『1人居るんだから、大切に可愛がって、2人目は産むのは諦めなさい』と反対される中、私を産んでくれた。

母いわく、もう1人産めば父は真面目になると思っていたらしい…


甘い母…