● スベるという経験 その2

 

 前回の記事は情報伝達やコミュニケーションの難しさについて、先日のわたし自身の体験を元に話すということで、まずは概要をお話しました。

 

 簡単におさらいすると、怖い話や不思議な話をする雑談の場で、数少ない私のちょっと不思議な体験をするというところでした。

 

 ざっくりいうと、飲み会で酔っ払った先輩が、数十分間だけ行方不明になり、出てきたと思ったら赤の他人に絡み酒をしていて肝を冷やしたというお話です。

 

 行方不明になったのが普通見失うことがありえない状況だった事が不思議で、絡み酒をしているのも最初は自分たちが知らない先輩個人の知り合いと楽しく飲んでるのかと思ったら赤の他人だったので慌てて引き剥がした、というのが心霊とは違いますがある種の怖さ持っているという感じす。

 

 上手く語れれば、怪談話の中に混じる変化球トークになるので「これは確実にウケる」と思っていたのです。

 

 そして、そのスペースでの会話が半分雑談になってきた所で満を持してその話を投下

 

 びっくりするほどスベり散らかしたのです。

 

 今までもウケると思っていた話が刺さらなかった事はよくありましたが、今回は本当に「これがスベるということか…」と、本当に心臓が止まりそうになるかのような衝撃を受けました。

 

 状況の分析としては、今までのウケない話はあくまで「会話の流れ」の中に一瞬の空白が生まれただけ、その空白をすぐ埋めるように次の話が出てきます。

 

 しかし今回は元々の流れがエピソードを披露するという形式だったため、私が喋り、他の人が傾聴するという状況でした。

 

 結果としてスベってできた空白を埋める話が出てこないためこのような悲劇が起きたのです。

 

 YouTubeで平成ノブシコブシの吉村さんが語っていた「芸人はスベるたびに寿命が3秒縮まる」という話が誇張ではないんだということが身をもって分かりました。

 

 

 というか、私はたった10人程度の場でのスベりで死にそうなほどのメンタルダメージを味わいましたが、これをもっと大きな舞台で喰らうこともある芸人さんは本当にすごいと心から感じます。

 

 今回のスベりという事象に関して、「スベり」そのものの体験をしたという学びもありましたが、他にも「情報の伝え方」についての反省や、「自分と他人の認識のギャップ」という物についての学びもありました。

 

 まず伝え方の反省としては、状況説明と心情説明のバランスがうまくいかなかったことが挙げられます。

 

 この話は「見失う要素がない中でいなくなった先輩」という不思議なポイントと、「友達と和気藹々としてるのかと思ったら絡んでるだけだった」という事に気づいた時の驚きという要素があります。

 

 スペースで話していたときは、まず「見失うはずがない状況」の描写に想定より手間取ってしまいました。

 

 飲み屋がある場所の説明を構造からしないと分からないことに話し始めてから気づいたのでだらだらと付け足し付け足し話してしまったのです。

 

 そこで想定外に時間をとってしまったので無理やりテンポを上げようとして、今度は先輩が現れるあたりの説明が情報不足になりがちでごちゃごちゃしてしまい、その中でオチの話に流れ込んでしまったので聞いている人がオチをオチだと気づいてもらえませんでした。

 

 そもそもの流れは怪談だったのでもっと「ここは笑いどころだよ」というオチの部分をはっきりとさせなくてはいけなかったと思います。

 

 そしてトークの拙さ以前に、この話で私が面白いと感じるのはその先輩をよく知っていて、意表を突かれはしたものの、確かにその先輩の謎のコミュ力、行動力を加味するとありえる、さらに言えばいい歳した大人の先輩が私も共に過ごした学生時代のような失敗をしてしまうという「私の中にある前提知識や心情」を共有できていなければ面白さが伝わらないという事が分かりました。

 

 今後こういった状況になったらもっと描写を丁寧にするのか、ネタが大衆ウケするかを考えて出さないようにするのかなど、よく考えなくてはいけないなと、痛みを感じた分身に染みて学びました。

 

 スベる…経験してみた方がよいとは言いませんが学びはありますよ。