● 正しいが正しくないこと その2
前回の記事では、「ロシアのウクライナ侵攻に紐づくロシア文化との付き合い方について」どうにももやもやすることがあるという話をしていました。
そのもやもやの一つ目のミュンヘンフィルの指揮者ゲルギエフ氏の解任について、これはゲルギエフ氏の交友関係や過去の発言と絡まって非常に複雑な話になっています。
今回の状況の整理として私が把握する情報としては、ミュンヘン市からゲルギエフ氏へ「ウクライナへのロシア侵攻に対して明確な反対意思の表明をしてほしい」という依頼があったものの、ゲルギエフ氏が沈黙を貫いたためとされています。
ゲルギエフ氏はプーチン大統領と交友関係を持っています。
そして、このウクライナ侵攻以前にあったロシアの強制的なクリミア併合に賛成の意を表したと「されています」
私が軽く調べた程度の情報なので、真偽は微妙かもしれませんが、あるインタビューにおいてのゲルギエフ氏の発言によれば、クリミアの情勢についての考えを尋ねられ、「人々が救われるようにするべきだ」と答え、その後クリミア編入に対する署名をするかどうか問われ、それに対して「どういった内容か確認をしたい」という返答をした後内容の開示が行われることもなく、いつの間にか署名をしたことになっていた、という趣旨の発言をしています。
日本のネットで調べる程度だと、このあたりの情報は今回の解任のニュースの「彼はクリミア侵攻を支持する署名にサインしていた」という短い文言にマスキングされてなかなか出てこないんですよね。
事の真偽はさておき、ロシアのトップと親交がある指揮者の解任という唯一客観的に確実だと言える事象に関しての私の感想は「納得は出来るがフェアだとは思えない」ということでした。
納得が出来る点、これはロシアと欧米諸国を東西と分けた時に西側の国が東側の国に感じる感情に蓋をする事が出来ないため、他に手段の取りようは無かったという事です。
事実はどうあれ敵対感情がある国のトップと親交があり、なおかつ西側から見ると侵略と取れる行為を否定しないという事に対して様々な事情を考慮しても心情的に納得できない人は多いのでしょう。
その状態をうやむやにしてポストに留めた所で、ナチュラルに音楽を楽しむことはもう出来ないでしょうし、悪くすればそのポストに留める事を決定した事が原因で内部分裂を起こす危険すらあります。
そういった、理屈でどうにもならない民衆の心情を考えた時に、他に取れる選択肢は無かっただろうとは思います。
フェアじゃないと感じるのは、「一個人の音楽家に、属する国への批判的立場の表明を強いるのは酷なのではないか」ということです。
かつて、旧ソビエトの時代にも音楽家に対する弾圧はあり、結果として亡命という選択をした作曲家、政府に迎合する立場を表向きは見せて、曲の中に隠されたメッセージを込める作曲家も居ました。
いずれにせよ、どういった主張を持っていたとして、政府の意図に従わなければどういった扱いを受けるのかは想像を絶するものがあります。
いかにプーチン大統領と直接の交友があったとして、ゲルギエフ氏が批判的な立場をとった所で変わることがあるとも思えませんし、むしろそれがきっかけで命が危ぶまれる可能性も大いにあるでしょう。
正直な話、私の印象としてはかつて江戸幕府がおこなった踏み絵に近いものに感じました。
踏み絵との違いは、強いられた立場であっても、批判的な立場の表明は直接命に関わる可能性があるということでしょうか。
私が同じ立場だったとして、どちらの立場の表明もできないのではないかと思います。
一応は西側の扱いとしてもこういった事情を全て無視しておこなわれたものではないらしいとの話も聞きます。
私は外国語に疎いので一次情報を追えないのですが、ゲルギエフ氏との契約を解除したレーベルの声明を有志で翻訳してくださった方の情報によると、印象としてはゲルギエフ氏の音楽についての敬意は表しつつ、情勢的に契約を維持するのが厳しいという事が書かれていたそうです。
この決定に至るまでにかなりの葛藤はあったのでしょう。
私の考えとしては、一個人の命を脅かしてまで立場を表明させる事に合理性を感じる事はありませんが、だからといって民衆の不満や心配を無視するわけにはいきません。
そうなった時に守るべきは当然自国側なのは仕方ないことだと思います。
平時にはあってはならない差別とも言える事象ですが、現状を鑑みるとやむを得ない事ではあります。
これが納得は出来るがフェアだとは思えない理由です。
長くなったので、もう一つのもやもやに関してはまた次回にまわします。
