● 同じ単語をどう認識しているか

 

 今回は誤解の生まれない言葉の使い方について書いていきたいと思います。 

 

 結構これはSNSで起こりがちなことですが、一見して一般的な言葉である為に認識が食い違っていても気付かずにどんどん話が逸れて行ってしまうという事は割と頻発しています。 

 

 こういった事態を回避するために大事なのは細かい定義付けなのですが、一般的な言葉であるほど実はぼんやりとしか理解していないのに、確固たる認識を持っていると誤認しがちなので厄介なのです。 

 

 要するに認識の食い違いが起こりやすい事に気付けないという事ですね。 

 

 最近私が見かけた例だと「達人」という言葉がやり玉に挙がっていましたね。 

 

 きっかけは、最近盛り上がる格闘技や武術系のYouTuberの動画に「こんなの達人じゃない」というコメントがついたことだそうです。 

 

 皆さんは「達人」というとどういった事を想像しますか? 

 

 私は空手をやっているのでやはり武術と結び付けがちですが、実際は技芸全般全てにおいて何かに秀でた人を指す言葉です。 

 

 しかし、なんとなく達人という言葉には伝統武術に秀でた人という狭い意味で使う人も居るようです。 

 

 言われてみると、格闘技のトップレベルの人に「達人」という称号がつくかと言えば、あまりなじみが無いようにも感じます。 

 

 勿論特に抵抗なく達人だと思う人もいるでしょうし、格闘家に達人という言葉を使うのに抵抗を感じる人も引っ掛かるポイントは違う可能性があります。 

 

 こういった認識の違いが起きる理由が定義付けが曖昧であることなわけですね。 

 

 例えば格闘家を達人と呼ぶ事に抵抗が無い人はその定義として

 

 人に真似できないハイパフォーマンス

 

 という要素を重視している可能性があるでしょうし、 

 

 格闘家を達人と呼ぶのに抵抗が生まれる人の定義には 

 

 老年に入って肉体的な出力が落ちても技が冴える事で高いパフォーマンスを出す 

 

 という要素が重視されていたり、 

 

 常に冷静な佇まい 

 

 を考慮に入れている可能性があります。 

 

 例えば二つ目に挙げた「老年に入って~」という定義を持つ人ならば、格闘家の全盛期の若い時期にどんなパフォーマンスを見せても「達人」とは認めないでしょう。 

 

 逆に格闘家でも試合展開が打ち合う様な形ではなく一発ももらわずに倒しきるスタイルなら「達人」認定する人も居るでしょう。 

 

 この様に人によって同じ単語でも微妙にそれぞれ定義が違う状態で話を進めると 

 

 A「○○さんって達人(トップレベルの格闘家)がいて~」 

 B「いや○○さんは達人(まだ若いからパフォーマンスが高くても達人と呼ばない)じゃないでしょう」 

  

 みたいな会話があった時に、AさんはBさんが○○さんの技量を低く見ているから認めないという様な誤解が生まれやすいのです。 

 

 少なくともここでどちらかが「自分はこういう人を達人だと思うんだけど~」と断りを入れるだけで、話の方向性のブレはかなり軽減するはずです。 

 

 可能ならば相手の定義が自分のものと違ったとしても、「あなたが言った定義からすると確かにそうだね」という同意を示すとさらに相手もこちらの話に耳を傾けやすくなるでしょう。 

 

 このあたりは過去のイエスマンの記事に繋がるでしょう。 

 

 

  

 世の中の諍いは大概、このような言葉の定義があいまいになっているのに気づかなかった結果起こる食い違いに不信感が原因になっていると言っても過言では無いです。 

 

 逆に言えば、何か相手の話を受け入れづらい時、逆に受け入れてもらえない時は、どこかで言葉の定義がずれた為に起こると辺りを付けて解決策を講じても良いでしょう。 

 

 とりあえず話が紛糾したら言葉の食い違いを減らしてみる。 

 

 このスタンスで行きましょう。