今回はちょっと真面目なお話で、ビジネスや情報発信を薄く広く行なう事と、狭く深く行なう事にどういった違いがあるかという事に関して今の所の考えをつらつら書いていきたいと思います。
日本の人口全員から1円もらえれば約一億円手に入る
こんな話を昔何かのとんち話で読んだ記憶があるんですよね。
確かその時読んだ詳細としては「ある男は一億円欲しいという目標の為に身を粉にして働いて身体を壊したが、ある賢い男は総理大臣になって国民あたり一人一円だけ税金を上げてあっさりと一億円手に入れた」みたいな話です。
今思い返してみると、税金が総理大臣の懐に入る事になりますし、まあ現実的ではない子供だましなお話なんですが、恐らく20年近く前の記憶が今でも残るということはそれなりに鮮烈な印象を与える発想だったのでしょう。
しかし、この子供だましなお話も、大多数からその懐が痛まない少額を徴収するという風に抽象化すると現実味を帯びてきます。
全く同じビジネスモデルではないですが、YouTuberはそれにかなり近い事が出来るようになりつつあります。
例えば最近という程でもありませんが、ライブ配信中の投げ銭システムが導入されましたね。
投げ銭の額全てが配信者に行くわけではないものの、視聴者が直接コンテンツにお金を支払えるシステムが出来たわけです。
この投げ銭のシステムを例にしてコンテンツの性質を考えてみましょう
話を簡略化するために、ここでは投げ銭の還元率や本来の利益源である広告料を抜きにして考えます。
以前このブログで紹介した、私が唯一見ている大手のYouTuberであるチーム2BRO.の生配信で、私が知っている中だと5~6万人は普通に同時視聴者が居ました。
仮に視聴者数を6万人として、ここで同時視聴者全員が一円払えば6万円になりますね。
しかし、この6万円という額は600円出してくれるお客さんを100人集めれば達成可能な額と言えるんです。
仮に新しくYouTubeに参入した人がコンテンツを作ろうとした場合を考えると、前者と後者で作るコンテンツの内容は大きく変わるのではないかという風に思うのです。
6万人から1円もらえるコンテンツを作ろうと思った時に、必要な要素はたくさんあるでしょうが、大きな要素としては「万人に不快感を与えない」というものは確実に入ってきます。
これは最初のとんち話のように、母数が大きくなればなるほど達成が困難になってくる課題でもあります。
人間本当に様々な思想があるもので、誰かが良いと思った物が、誰かにとってどうしようもなく不快な事は大いにあり得るのです。
アレルギー体質等で考えれば分かり易いかもしれませんね。
世の中には、身体を構成する要素である水にすらアレルギーを持つ人は居るという事を考えると、全ての人間に普遍的に害をなさない物は無いんだなという事が分かります。
投げ銭の例に挙げた2BRO.の方々は、配信内外の発言や表現に配慮が徹底されていて非常に安心感があると言えますが、それでもゲームその物を悪とする様な人達からは支持を得られないでしょう。
次に100人から600円もらえるコンテンツを作るメリットとしてはより視聴者の要望にコミットした作品が作れるという所があります。
これは更に人が減れば減る程要望に合わせた物を作りやすくなり、その度合いに合わせて価値を上げる事も出来ます。
オーダーメイドで作る衣装類等はそれにかなり近い発想だと思われます。
私のゲーム関連で関りをもったSNS上の知り合いの中には、YouTuberという程の活動ではないもののYouTubeチャンネルを持っている方が何人かいます。
そういった方の配信を見に行くとコメントに対して自分を認識した上でレスポンスが返ってくるので、話が弾むというか、やり取りをしているという満足度は高いのです。
この辺りは過去の記事にも少し似た話を書きましたね。
ただ、この少数にコミットするというのは危険なデメリットも含んでいます。
例えば何かの拍子にその評価してくれていたコミュニティを喪うとその後再起不能な大ダメージを負ってしまいます。
それ以外にも多数の目というブレーキが無い中でどんどん思想が先鋭化しすぎて浮世離れしてしまう危険性も大いにあります。
実際の所、薄く広がるように作るコンテンツ、狭く深く刺さるように作るコンテンツと言っても両極端にどちらかしかでない物を作るというよりはバランスを考える事にはなるはずです。
しかし、二つの概念を認識してどちらかよりのコンテンツを作っているかを考えておくことで、予期せぬデメリットを負う事からは逃れられるはずです。
何か情報発信やマーケティングを考える時にお役立てください。
