さて長かった納得シリーズも今回でラストです。
前回の記事の引きは何かもやもやした時は、まず自分が知らないことがあるんだろうという風に思っておくと良いというものでした。
とりあえず自分の知らない事情があると思うだけで結構許せたりするものですが、それで足りずにもう一歩心の平穏を望む場合には二通りの手段があります。
一つ目は「足りない情報を想像で埋める」です。
これは、本当に自己完結で済む話の時だけですが、意外と使えると便利な場面は多いです。
メリットとしては何よりお手軽、そして対人関係においては無駄に相手を嫌いになる必要が無くなります。
そもそも人間という存在は一貫性の対極にあるとも言えるので、行動や言動にいちいち納得を求めて追及するのはかなり無駄な労力になる事があります。
であれば、「自分ならこういう事情があったらこういう事をするかも」という様な予測で補完しておけば結構簡単に納得は出来ます。
この時に自己完結なりに高い視座と広い視野を持つように心がけ、感情的な不快感が無くなるまできれいな筋道が立てられれば、意外と真実に近い答えを出せる事もあります。
二つ目は「本当に納得行くまで議論する」事ですね。
具体的な解決策と行動が求められる場合は一も二もなくこれしかありません。
そして、この場合においては自論も相手の言葉も、理解しきれていない可能性があるという認識は必須となります。
自論に関しては、まず自分自身がそれをしっかり理解できているかを疑う事、そして自分の言いたいことが伝わっていない可能性を考慮する事です。
自分の考えだと思っている事を精査してみると、実は理解が足りていない他人の受け売りが混ざっている事は良くあります。
また、自分の中で当たり前だと思っている事ほど、相手の認識に無くて伝わらない事も良くあります。
後者に関して言えば、そもそも納得いかない事象が起こる段階で、お互いの当たり前が共有されていないから起きたと考えておいた方が良いのです。
そして自分が自論を理解出来ていない、伝えられていない可能性があるのなら同様に相手も言いたい事がまとまっていなかったり、上手く伝えられていない可能性があるという事だと思ってください。
ここまででお分かりかと思いますが、議論で納得したい場合は相当の労力がかかる事は覚悟して臨むべきです。
その代わり、そこでお互いがしっかりと納得できる結論に至れたならそれは大きな成果になるでしょう。
自己完結する場合においても、しっかり議論する場合においても、大事なのは新しい情報に対してしっかりと受け入れて次の考えを構築する姿勢です。
情報をアップデートする事が無い場合起こるのは、自己完結型では思い込みによる暴走、議論の場合は単なる不毛な論破合戦、転じてただ関係性が悪化するだけ、という事でなにも良い事がありません。
そういった事も含めて「解釈と行動は自己責任」というは話に立ち戻ります。
本当に前向きな解決を図りたいなら最初に必要なのは許容ですし、受け入れられない感情をただぶつけるのなら、それは納得がいかないからではなく、自分の攻撃性を制御できていないだけだという事を理解してください。
後の立ち振る舞いまで含めて、自分の納得できることをしましょう。
