先日ビジネスの先輩である齋藤順さんのセミナーに手伝いとして参加してきた時の個人的な気付きのお話です。

 

 勿論セミナーの内容はお話出来ませんが、主題とは関わりのない話の中で「暴力は悪だと思うか?」という話になりました。

 

 皆さんはどう思いますか?

 

 まあ普通に考えて「暴力こそが全ての正義」というようなどこぞの世紀末漫画状態な人は居ないと思いますが、暴力は良くない事だとするならするでどういった根拠があるでしょう?

 

 意外とこの辺りって思考が止まってしまっているポイントなんですよね。

 

 「自分がされて嫌な事はしない」こういった思想を持つことは、思いやりにも繋がるので良いことではありますが、その実これはあくまで個人の哲学であり、この思想を持たない人にとっては暴力を悪とする根拠にはなりません。

 

 「暴力をふるうと巡り巡ってそれが返ってくる」これも、間違いでは無いのかもしれませんが、因果応報的な思想で行いが返ってくるとして、ではその返ってくる応報に耐えられるなら多少のデメリットは無視するタイプの人も居るかも知れませんね。

 

 「法律で決まっているから」これは実は答えであり、暴力が悪と仮定した時の矛盾でもあります。

 

 法律の持つ拘束力というのはいわゆる国家権力が根本にあるものであり、そしてそういった国家の権力というものは暴力の一元管理という側面を絶対に持っているからです。

 

 犯罪を犯した人を捕まえ、収監し、懲役刑を課された場合は強制的に働かせるという行為は紛れもなく暴力です。

 

 では、犯罪者と警察等の公権力は同じレベルで語られる悪なのでしょうか?

 

 実はこの辺りは議論のテーマ次第なんですね。

 

 暴力の定義付けを行い、「暴力は悪という分類に全て含める」という方向性の議論であるならそこで公権力も悪という結論は導き出されます。

 

 しかし、そうでは無いことは感覚でも理解できるでしょう。

 

 実際には個別に能力として大なり小なり持っている暴力というものを、国家に集約して管理することによって秩序を保っているのです。

 

 それは国防の為の暴力として、我が国には自衛隊があり、各国には軍隊があり、治安維持の為に働く暴力として警察機構があるということでもあります。

 

 考えようによっては緊急事態宣言において営業を制限される業種は、政府や自治体から営業の自由を奪われる暴力を振るわれているという事にもなるのです。

 

 ここまでで言いたいことは、「世界は悪が根底にある」という話では無いんです。

 

 大切なのは正しく行使されることだということです。

 

  軍事に関しては難しい側面もありますが、少なからず能力を持つ事によって抑止出来るということは大きいでしょう。

 

 治安維持において警察は、法から逸脱した行為に関してのみ、身柄の拘束等の形で力を行使します。

 

 緊急事態宣言等の人の行動の制限も、コロナという異常事態だからこそまかり通る公権力からの暴力なのです。

 

 正直な話、この記事を読んで世の中が根底を暴力に支配された真っ暗な世界に感じてしまう人もいるかも知れません。

 

 しかし、暴力=悪として考えたほうが簡単は簡単ですが、それはそれで本質を見失う可能性があるということです。

 

 思考停止をしないで、一見悪い事象から目をそらさずに判断すること

 

 これが大切です。