今回から二回に渡ってながら作業とマルチタスクについての解説とその上手い使い方に関してお伝えしていきます。
ながら作業というのは要するに、平行して何かをし「ながら」別の事をしているという様な事を指しています。
これもかっこつけて言えばマルチタスクと言えなくもなさそうですが、マルチタスクと言うと比較的かっちりとどちらも身が入って結果を求められていそうな印象ではないでしょうか。
マルチタスクは元々コンピュータの用語ですし、ながら作業もいわゆる造語なので人の行動と脳の処理的な観点では明確な定義が無いと言えますが、ざっくりとこの記事と次の記事の文脈においてはアウトプットの必要がある複数の作業をマルチタスク、何らかのインプットがある複数の作業をながら作業としたいと思います。
まずはマルチタスクについて考えていきましょう。
人が行うマルチタスクに関しては、出来るという論と出来ないという論が両方あります。
一見相反している様に聞こえる二つの論ですが、実は矛盾した要素はありません。
実を言うと、そこもマルチタスクの定義付けで論が反しているように見えるだけで、正しくまとめると、「意識を向けられるのは一つのゲシュタルトだけ、無意識下の処理で出来ることはいくつもある」という事になります。
過去の記事にも書きましたが、人は無意識下で行なっている処理は無数にあります。
歩くという行動一つとっても重心の移動や複数の筋肉を制御して足を運び腕を振り、体幹も連動させて…等々同時進行でいくつもの事を処理しています。
しかし、例えば歩くときに運動の為のウォーキングとして、各筋肉の連動を意識に上げながら歩くという事は出来ますが、歌いながら歩くと各筋肉を意識する余裕は無くなるはずです。
さらに実はここでミスリードがあります。
今私は「歩く」と「歌う」の二つの行動を並列かのように書きましたが、実際には「歌う」という行為そのものが「歌詞を思い出す事」や「メロディに当てる」という要素が混ざって構成されるいわばマルチタスクなんですね。
これが先程述べた意識を向けられるのは一つのゲシュタルトだけという事なんですね。
歌は「歌詞を並べる」「メロディに当てる」「リズムやテンポを取る」等複数の要素を構成して一つのゲシュタルトを構成しているという事です。
複数の要素が混在していても、それが一つのゲシュタルトとしてまとまっていれば脳は一つの物として認識して処理するのです。
因みに、人によって歌も上記の要素全て網羅して纏められている人も居ますし、メロディは浮かんでいても歌詞が出てこないという様な状態の人も居ますが、後者は歌うというゲシュタルトに歌詞がまだ含まれていないという事ですね。
逆に言えば歌って踊るアイドル等は、歌とダンスを一つのゲシュタルトして処理できるように練習して身に着けているという事ですね。
こう考えるとマルチタスクは、出来ている場合でも何らかの訓練で脳は一つのものと認識している訳ですね。
さて、今回の記事ではマルチタスクは一種のアウトプットの状態だという事を学びました。
次回はインプットの手段としてのながら作業についてお伝えします。
