前回に引き続きテーマは間違った情報伝達の起こりやすさと対策、実例編です。

 

 

 さて、今回の事件、概要としては前にも書いた通り伝統的な稽古法の前段階として普及しつつあった稽古法が師範に否定されたという情報が流れたですが、実は非常に難しい認識のズレが起きていたらしいのです。 

 

 そもそもの事の発端となった稽古法は「押し合い」と呼ばれるものについての物でした。 

 

 私が所属する空手の大事な要素に「強い姿勢を作る」事と「自分と相手の重心を感じ取り、その中心を動かす事」等があります。 

 

 そういった要素を身に着ける為に伝統的な稽古法として二種類の「押し合い」があります。 

 

 お互いが力をぶつけあいながら力の接点をコントロールする「押し合い」と、あまり力を入れず、相手の力に逆らわずに引き出してから「柔らかい押し合い」です。 

 

 どちらの押し合いにおいても「強い姿勢」前提条件で必要な物なのですが、初心者は中々難しいんですよね。 

 

 格闘技等の経験が皆無な人は身体がめくれあがって姿勢が崩れますし、フィジカルが強い人は姿勢を作らずとも押し切れてしまいます。 

 

 これが師匠の目が届く範囲で、長期間じっくりと稽古を続けていれば自然と無駄な力や無理な姿勢は削ぎ落ちていくので良いのですが、現代人のように週一で稽古とかだと、いつまでたっても姿勢が作られないまま、という事も起こり得ます。 

 

 そういった事を考えて押し合いの稽古の「前段階」として作られた通称「関東式」や「強い押し合い」と呼ばれる練習なのです。 

 

 内容としては攻撃側と受け側を決め、攻撃側は姿勢を作って押す、受け側はそれをしっかりと受けながら圧がしっかり掛かったら引く、というターン制の練習です。 

 

 これは恐らく期せずしての効果でしょうが、コーチング的に見ても「自分は出来る」という事を、実感を持って認識出来るとその後の上達や技術の定着は大幅に進みます。 

 

 私が所属している稽古会においても「まずは成功体験を得てもらうための物」という認識ですし、関東の指導者たちもその様に行なっています。 

 

 しかし、ここで問題になってくるのが、他の地域への情報伝達でした。 

 

 前述の通り、この「関東式」や「強い」と称される押し合いはあくまで、正式な押し合い稽古の「前段階」に当たる物です。 

 

 本来は並び立つ稽古では無いのですが、考案者が直接意味を解説出来ない他地域で同格の物だと誤認されてしまったのです。 

 

 これに関しては、二つの落とし穴があります。 

 

 一つは簡単さです。 

 

 そもそもの話、「関東式」の押し合いは目的が「成功の実感を掴む」事にあるので、奥深い伝統的な稽古よりも達成感は得やすいです。 

 

 しかし、裏を返せばかなりお膳立てされた状態の達成感に囚われてしまうと、そこで満足してしまって、次の段階へ進む意思を失う可能性があるのです。 

 

 「関東式」はあくまで派生であり通過点に過ぎないという認識を必ず持たないといけないのです。 

 

 

 もう一つは名称です。 

 

  押し合いから派生した下位の練習ですが○○押し合いという名称が着くことで並列の存在にあるように誤認しやすいのです。 

 

 更に言えば「強い」という名称が曲者です。 

 

 前述の通り、特に接頭語を付けずに「押し合い」と言うと力をぶつけ合いながら行い、「柔らかい」と付くと相手の力を引き出すために触れているだけの感覚になります。 

 

 ここで言う「力をぶつけ合う」というのは「強い姿勢」から発揮される力の向きをぶつけ合う事なので、本来力みとは関係ありません。 

 

 故に接頭語も何もつけず「押し合い」と言うのだと私は解釈していますが、「強い押し合い」と言う言葉があると「強い」と「力み」が繋がりやすくなります。 

 

 更に柔らかい押し合いでは力感が弱い事も相まって、通常の押し合いが「力んでも良い押し合い」と言う様に認識がズレてしまうんですね。 

 

 正式な押し合いの前段階として見ても、強い押し合いはあくまで「姿勢の強さ」であって力みは要らないのですが、そこを勘違いすると派生させてまで取り出した学ぶべきポイントすら得られなくなる上に、通常の押し合いも名称で認識がズレてしまっているので本質が無くなってしまっているのです。 

 

 実際に、他の地域の支部で「強い押し合い」と「弱い押し合い」という名称が使われているのを見たことがありますが、仮に今の稽古会長が正しく教えていてもその後輩たちが認識を誤る危険性はありそうです。 

 

 そして、そういった誤認識が広まりつつあることを危惧して、師範は「強い押し合いの否定」をしたのだと思います。 

 

 そして、この「強い押し合いの否定」はともすれば本来「姿勢の確認」や「初心者の成功体験」としては意味があった筈の練習も否定しているように会員は認知するでしょう。 

 

 正しい稽古からニュアンスを抽出した筈の練習が、情報伝達の甘さによって間違った稽古に変貌したのです。 

 

 小さな間違いが雪だるま式に纏わりついて大きな問題になってしまう。 

 

 この危険性は必ず頭の片隅に置いておくようにしてください。 

 

 そして次回はようやく解決法編です!少々お待ちください!