前回の記事で認知科学と気功、コーチングについておさらいをしましたので、今回はようやく本題の最近私が得た気功に関する知識のアップデートに関してのお話です。

 

 前回の記事にも話題に上げた齋藤さんによると、特に気功で顕著に現れやすい上達の証として

 

 気功の手応えが無くなる

 

 という現象が起こるそうです。

 

 そもそも気功に手応えが?という人も居るでしょうから、ちょっと解説しましょう。

 

 前回の記事にも書いたように、「認知科学に基づいた気功」というものは脳内で起こる感覚の混線を意図的に繋げる事が初歩にあります。

 

 この感覚を磨くために比較的手っ取り早い方法はいくつかあるのですが、私と相性が良かった方法に気の玉を作るというものがあります。

 

 最初に右手と左手をそれぞれ掌同士を合わせて重ねます。

 

 接触させた手に掌から指の先まで意識を集中させて右手で左手の体温を、左手で右手の体温を感じ取れる様にします。

 

 この時、同時に右手と左手を意識するのは難しいので、交互にどちらかの手で反対側の体温を探る、というのを繰り返しましょう。

 

 その後、手を触れるか触れないかくらいの距離まで話して、その距離でも同じ様に右手と左手の体温を反対の手で感じるというワークをします。

 

 それも上手く行ったら、右手と左手の距離を離します。

 

 触れるか触れないかくらいの距離だとぎりぎり実際に触覚で感知出来ますが、それ以上の距離では直接触覚では感知できません。

 

 そこで今度は、右手から気というか何かエネルギーを出すというイメージをして、左手でそれまでのワークのイメージで感覚を研ぎ澄ます、反対に左から気を出して右手で感じるというように意識すると、もやっとした不思議な手応えを感じるようになります。

 

 その不思議な手応えを玉の形に整えたのが気の玉です。

 

 ここで、勘違いしてほしくないのは、これは気という謎のエネルギーを出せるようになった訳ではないということです。

 

 これは、イメージに触覚という感覚を結びつけた共感覚を得たという事なのです。

 

 そして、この気の玉に例えば自分自身であったり、腕や、脚、他にも内蔵だったり、メンタリティ的な部分だったりを思い浮かべることで、無意識と触覚を繋ぐのです。

 

 そうやって何かと結びつけた気の玉に気を流したり、揉み解したりすることで無意識に働きかける訳ですね。

 

 これは過去の記事でも何度も書いた、「脳の働きが結構テキトーである」ことを利用した物になるので、「いや、そんなものはない」と認識すれば消えてなくなるあやふやなものです。

 

 軽い気持ちでやった方が良いですね。

 

 そして、ようやく本題の最近の学びなんですよね。

 

 この気の玉の感覚、出来るようになってすぐはとても曖昧ですが、なれて感覚を掴むと気の玉の存在感はどんどん強くなっていくのです。

 

 最初のうちは

 

 私自身、気の玉の存在感を強くする方向にワークを進めがちです。

 

 しかし、ここでの問題点は、気の感覚が強い事に目的意識がすり替わる可能性があることなんです。

 

 この記事の最初に書いた齋藤さんの言葉

 

 気功の手応えが無くなる

 

 これは、今まで頑張って気に手応えを感じてそこに無意識を投影する、という事をしていたのが、洗練されてくると無意識へのアクセスが容易になるので気功部分の意識が必要なくなるという様な意味だったのでしょう。

 

 そして、ステージが上がって別の部分や、より複雑な無意識の働きが必要な時に今までの様な気の手応えが必要になるという事です。

 

 イメージとしては3kgのダンベルがあって、最初は重たくて仕方なかった物が、筋トレを重ねて筋力がつくと軽くなるのと同じ感覚ですね。

 

 これが筋トレならば「ああ力が強くなったんだな」とすぐ理解できますが、気功だと今までの手応えがあることを是だと思いこんでしまい、低いレベルに留まろうというエネルギーの使い方をしてしまう危険性があるわけです。

 

 この「レベルが上がれば気功の手応えが一度無くなる」という話はかなり前から聞いていましたが、いまいち実感が掴めていませんでした。

 

 しかし、先日書いた、インナーマッスルを使えた時の手応えと今後その感覚が薄れるだろうという危機感で、この気功の話を心から理解できたのです。

 

 

 

 

 感覚が鈍っていないかの危機意識は勿論必要ですが、感覚が薄れたことは実力の定着の証であるという認識も持ちましょう。

 

 パフォーマンスでフィードバックを取れば良いのです。