私自身の今年最後の演奏会があった翌日、大学時代の先輩が参加する演奏会に誘われたので観に行きました。観客として演奏会に行くのはかなり久しぶりでしたが、奏者としての刺激を受けました。
丁度良い機会なので今回は演奏会を聴く立場になって感じた事を中心に主観と客観について書いていこうと思います。
観客として演奏会を聴きに行くのはかなり久しぶりだと書きましたが、どれくらいのスパンかと言うと年単位で遡る必要があるレベルです。
さらに言ってしまえば最後に演奏会を聴きに行った時からさらにその前の演奏会に行った時を見ても年単位で前になります。演奏会に行こうなんて記事を書いているくせにひどい有様ですね(笑)
一応言い訳をさせてもらうといくつかそれにも理由があります。まず1つは自分の参加する演奏会の練習や本番で暇が無かったからという所があります。
仕事が安定して土日祝日休みになった2018年からコロナ禍で演奏会が軒並みストップした今年の春頃までは年間12回以上の本番がありました。
演奏会シーズンに本番が固まりやすいので厳密に月一ペースではありませんが、裏を返せば演奏会が多い季節はほぼ自分が参加する団体も演奏会なので行けないという事態に陥っていたのです。
この本番の多さに関して、勿論自分から参加したいと思った団体もありますが多かったのはエキストラの依頼でした。
簡単に言えばコントラバスの人数が足りていない団体から助っ人に来てくれと言われる訳ですね。
別に無理に乗る必要もないのですが、エキストラを頼まれるということはある程度は実力を見込まれているという事でもあるのでまんざらでもないといいますか、嬉しくて受けてしまうことが多かったんですね。
正直な話、振り返ってみるとここにも一種の問題はあったんですね。それは演奏会を観に行って客観的な視点を取り入れるという事をしないということです。
当時の私はそこにあまり問題意識を持っていなかったんですよね。結果コントラバスを演奏していても主観的な情報しか拾えない状態になっていたと思います。
実は演奏会を聴きに行かずに自分の演奏ばかりしてしまうという事について、ある感情が関わっていました。
それは羨望です。ここ最近足を運んだ演奏会は名演ばかりでした。そうなってくると良い演奏に触発されて「自分も早く演奏したい!」という感情に駆られてしまうのでした。これもまた主観的な視点ですね。
そんなこんなであまり演奏会に足を運んでいなかった私ですが、コロナ禍を期に色々と思考と行動も変わった上で聴きに行った演奏会は今までとは違った良さがありました。
今回の演奏会はそもそも私が大学時代に所属していたオーケストラ部のチェロの先生が主催する音楽教室の発表会と先生達の演奏という物でした。
老若男女問わず門下生が日々の練習の成果を発表する場。人それぞれ技量の差はあれど精一杯演奏する姿はとても良いものでした。
個人の発表なのでより顕著であるのですが、一人一人が何を大切にしているかが見えやすく、個性や伸び代を見つけながら鑑賞することが出来ました。
なんとなく自分自身で今回の演奏会は、今までの主観的かつ視線が羨望に変わりやすい演奏会よりも客観的に観ることが出来たと思います。
今までは演奏で良い部分を見たらすぐ自分も練習したいとなっていましたが、今回は良い演奏を観て、その人の特徴や何を大切にしているかに思いを巡らせながら鑑賞が出来ました。
すると結良い演奏のポイントを質の面でも量の面でも高いクオリティで抽象化ができました。その上で最後に「もし自分に活かすなら」という発想が最後に出てくるようになったので結果として主観重視の頃だった時よりも良い効果が自分自身に出てきたのです。
今回の演奏を通して物事を観察する時に適切な主観と客観のあり方を学びました。
最も大事なのは自分自身が今主観的に物事を見ているか、客観的に見ているかを切り分けるように意識する事です。
そもそも思考というものが主観的なものなので完全な客観は実質的に不可能ですが、客観的であろうとすることで、拾える情報は主観のみより圧倒的に良くなります。
その上でその情報を分析し、応用の段階で主観的な好みを少しだけ使うようにする。そうすることでバランスを取りながら自己を成長させることが出来るのです。
優劣というよりは使い分けです。はじめに客観を意識してフラットな情報を集めましょう。