記事のタイトルにもなっている「形から入る」という言葉について、皆さんはどのような印象を持っていますか? 

 

 なんとなく、上っ面しか見ていない等といった悪い印象が先行する人が多いのではないでしょうか。 

 

 確かに外側だけ立派で中身がすっからかんでは話になりませんが。後々中身を詰めたり、またはその詰めるべき中身を取り出すために外枠づくりするのは有効だと私は考えています。 

 

 

 今回は適切な形からの入り方のお話です。 

 

 これは完全なる私の主観ですが、形から入るという事の最たる成功例というか実践例は空手等の武術における「型」という稽古体系だと考えています。 

 

 よく型稽古の意義について例えられるのは鋳型ですね。中身が柔らかい段階の物を型に流し込み、冷えて固まった物を取り出すという物です。 

 

 練習した事や、指導される内容等が自分自身の中で定着するまでを型という枠にはめ込んできれいな形で成型されるようにするという事です。 

 

 良い物を作るためには当然型をきれいに作っておかなくてはならない訳ですね。 

 

 もう一つの型の考え方で私がしっくり来たのは中身を選別するための道具という発想です。 

 

 過去の記事にも書いている話なのですが、身体を動かすときの感覚は個人個人で違いがあり、それを伝えるのはとても難しいです。 

 

 そこで、共通のモーションである型を先に学んで外側の動きを揃え、中身の感覚は本人に自分で捉えてもらう、という考え方です。 

 

 大切な技術の要訣という物は大量の泥の中にある砂金様な物です。その一粒をいきなり取り出すのは至難の業なのでまずは周りの物と一緒でも集めて、その中から不純物を取り除いて金を探し出す訳ですね。 

 

 この時、周りの物と一緒に纏める為の器が穴だらけだと砂金ごと捨てられてしまって何も得るものが無くなってしまうのです。故に型をしっかり身に着けてその中に流し込んだ物から必要な事を探し出すのです。 

 

 「最終的には型の通りでなくてもしっかりとした威力を出せる様になる」 

 

 というのが今私が所属している会派の空手の最終段階なのだそうですが、これは要訣を高度に抽象化した結果、型での動き以外にも応用が利くようになるという事なのではないかなと考えています。 

 

 実は似たような話が別の分野でもあります。それは度々出てくるオーケストラにおける楽器の奏法に関してです。 

 

 コントラバスに限らず、弦楽器はモーションを目で見て、音を耳で聴いてという事が出来る訳ですが、往々にして良い動きをしている人の音は良い音です。 

 

 そしていい音が鳴らないけど見様見真似で動きだけを真似している人というのは、音を聴かずに動きだけ見ても上手くいっていないのがある程度分かります。 

 

 ここら辺は指導の時も難しいんですよね、動きを目の前で見せたり理屈を説明しても本人が何かを掴むまでは動きも音も変わりません。逆に言えば指導の有無に関わらず何かを掴んで良い音が出ている時は自然と動きが伴っています。 

 

 因みに私は時々動きを参考に楽器の練習をすることもあります。今の時代簡単に演奏の映像がYouTube等で見れるので、尊敬する奏者の演奏動画を見て、勿論音を参考にしますが、動きに関しても分析するのです。 

 

 ここで大切なのは良い音を出す意識はブレない事す。どういった音を出したいのかを頭には置きつつ動きを見ることで、その動作の何が有効なのかを探ることが出来ます。 

 

 楽器の場合は明確に視覚情報と聴覚情報という事で違いがあるので分かりやすいですが空手の様に型の動きの中から大事な動きを取り出すというのは確かに難しいことかもしれません。 

 

 そういったものこそ目的を見失わないという意識がとても大切になります。

 

 以上の様に形から入ることは必ずしも悪い事ではありません。本質は何かを考えながら外側の意味も分析して組み立てる。それが正しい形からの入り方です。皆さんも分野を問わず実践してみてください。