2023年3月から複数年契約でアシックスと契約していた2022年オレゴン世界陸上100m王者のフレッド・カーリー(米国)が、パリ五輪選考会が2週間後に迫る大事な時期の6月9日のニューヨークシティーグランプリ100mでアシックスのユニフォームを着用しながら、スパイクはプーマを履くという姿で登場し物議を醸しだしました。

 

 

レース終了後、アシックスとの契約終了が公になり、カーリーのXにはプーマに焦点を当てた写真も投稿されています。

 

まず間違いなく、カーリー側から契約解除の申し出、もしくはパフォーマンス条項のようなものを行使して、アシックスとの契約を解除したものと思われます。

 

カーリー、アシックス双方が契約時に思い描いていたであろうことを書いていきたいと思います。

 

フレッド・カーリーは2022年世陸100mで王者になり、自身のパフォーマンスには絶対の自信を持っていたと思います。

 

厚底革命でマックスフライが猛威を振るう中でも、速く走る決め手はスパイクではない、選手の力量だという自負があったと思います。

 

カーリーの誤算は、アシックスが自身が思っていたほど技術力が高くなかったということに尽きると思います。

 

トップ選手でも既製品を履いているナイキのマックスフライに対して、アシックスはカーリー仕様のスパイクを用意していました。

 

オーダーメイドにしても自己ベストを出したスパイクであるマックスフライに明確に及ばないスパイク(メタスピードSP)に対してかなり不満が溜まっていたのは想像に難くないです。

 

2023年に少なからずスパイクの影響を受けて世陸準決勝敗退に終わってしまったカーリーですが、調子が悪かったなら基本に立ち戻り、調子が良かった2022年までの環境に戻すのが鉄則だと思いますが、契約の壁が立ちはだかります。

 

そこで、カーリーはコーチを変更して2024年シーズンを迎えますが、2023年以上に苦戦し、スパイクだけの差では説明できないほどの不調に陥ってしまいました。

 

16~21歩のピッチアップが全く出来ておらず、中盤以降の加速が鈍く、持ち味の後半の強さも全く見られない状態でした。

 

今シーズンのカーリーの成績を見てスパイクは関係ないと見る人もいるかもしれませんが、アシックスに変更してスパイクによるパフォーマンスダウンを発端にして負のスパイラルに陥っているので、アシックス移籍によるメタスピードSPのパフォーマンス不足が原因で調子が狂い、今年の絶不調に繋がっていると思います。

 

陸上選手にとって4年に一度の五輪は最大の目標の大会です。

 

29歳のカーリーにとって年齢的にパリ五輪が悲願の金メダル獲得に向けて最後のチャンスになる可能性が高いです。

 

その重さを考えると、パリ五輪選考会直前にアシックスとの契約終了を決断するという事は、カーリーから直接的な言葉はなくとも

 

アシックスのスパイクでは戦えない

 

という無言の強烈なメッセージになっていることが容易に理解出来ます。

 

アシックス側は契約当時、恐らく少なくとも2025年の東京世界陸上までカーリーを全面に押し出して自社のブランドイメージ向上に繋げる戦略だったと思います。

 

アシックスは厚底スパイクの開発に乗り遅れ、ナイキやアディダスを追いかける立場だっただけに、カーリーが世陸や五輪のメダルを獲得してアシックスのスパイクもナイキやアディダスに負けない品質を持っている事をアピールする予定だったと思います。

 

初年度の2023年にその戦略は早くももろくも崩れ去り、カーリーは世陸準決勝敗退を喫してしまいます。

 

そして、2024年の状況はさらに悪化し、五輪トライアル直前に見切りをつけられるという最悪のタイミングでの契約終了となり、アシックスが受けたダメージは甚大です。

 

カーリーだけが不調で、他のアシックス契約選手が好調であれば、カーリー個人の問題として捉えられてダメージはここまで深刻なものにならなかったかもしれません。

 

しかし、アシックス契約選手がカーリー以外でも多くの選手が低迷している事でアシックスの技術力に疑問の目を向けられても仕方のない状況を作っています。

 

日本では、長年アシックスを愛用している桐生選手が室内初戦で好調だったものの、結局は厚底から薄底に戻していますし、山縣選手は怪我の影響もあってシーズン序盤でパリ五輪断念に追い込まれています。

 

今年からアシックスユニフォームを着用している100mHが本職の青木益未選手も100m、100mH共に精彩を欠いている状況です。

 

海外選手はファンブレーとアザマティがアシックス所属ですが、22歳のファンブレーは昨年大きく調子を落とし、そこからは持ち直してきているものの年齢的に大きくタイムを伸ばしてもおかしくない中で、2022年世陸4位に入った20歳の時にマックスフライでマークした19秒84(+0.4)には遠い状況で、パリ五輪では決勝に残れれば合格点という状況です。

 

今回の突然のカーリーとの契約終了は、他のアシックス選手の成績も相まってアシックスにとって非常に大きなダメージを与えるものとなりました。

 

ピンレススパイクのメタスプリントで革命を起こそうとして失敗し、技術力が試される厚底スパイクでも元世界王者に見切りをつけられる屈辱を味わったアシックスは、短距離スパイクメーカーとしての立ち位置が非常に厳しいものとなりました。