伸介は心の深い部分では、まだ健太と完全に打ち
解けていたわけではなかった。
それは深夜の雪遊びの後、健太がしつこく絡んで
きたときのことを、今でも鮮明に記憶していたからだ。
まずいことに、吉田警部が健太の親父さんと親しく
て、その事件について二人が話しているのを、地獄
耳の健太が全部聞いてしまったからたまらない。
「伸介、お前、雪の上で裸踊りやったんだって?」
「なに?だれがそんなこと言ったんだ」
「だれだっていいじゃないか、そういう噂だよ」
「この野郎、お前だな、変なことを言いふらしたの
は」
「なんだい、言いがかつりをつけるつもりか」
「言いがかりとはなんだ、俺に直接聞いていない
じゃないか」
「お前に聞かなくたってわかるわい」
「じゃ、だれに聞いたんだい」
「吉田のおやじさんだよ」
「吉田?あの警部さんか」
「あっ、いけねえ!」
健太は、うっか口を滑らして吉田警部の名前を漏ら
してしまったものだから、頭をかかえてしまった。
「おい、頼むから、今言ったことを黙ってろよ」
「ふん、そんなこと知るかい、言いふらした罰だよ」
「頼むよー、恩にきるから」
「いやーだよ」
「これだけ頼んでいるのに」
「ダメなものは、ダメだ」
「ようし、そうれなら」
と言うやいなや、健太は急に組み付いてきた。最後
はやはり体力任せの取っ組み合いになる。
伸介は予想していたので、それに応じた。今日は
心理的に余裕があったので、互角の勝負ができた。
健太の失言で形勢は逆転してしたけれど、健太が
学校で言いふらしたものだから、伸介はすっかり変人
だと思われた。だから、伸介は健太を簡単に許すわけ
にはいかなかった。
なにしろ夜中に裸で雪の上に寝転がるなんて、普通
は考えられなかったからだ。いくらお風呂掃除の合間
にやったこととはいえ、そんな遊びは他の子どもたち
の理解度を超えていた。
だから、伸介はしばらく学校でもなんとなく敬遠され
ていた。いまでいえば、シカト(無視)されたようなもの
である。
いつもは傍に寄ってくる仲良しも、なんとなく避けて
いるようだった。
伸介はクラスのみんなから、そういう風にされるとは
想像もしていなかったので、これには相当戸惑った。
汚名を挽回するには、この喧嘩は負けるわけには
いかなかった。そうとう殴られたが、そんなことは少し
も気にならなかった。
必死にしがみついて、殴り返した。その内の一発が
健太の腹部にうまく入った。
「痛い、たんま」
「なにが、たんまだ」
「ほんと、今のは効いたあ!」
「うそつけ、この野郎」
「ほんとだ、やめてくれ」
それでも、伸介は攻撃をやめなかった。健太はつい
にギブアップした。顔をしかめて痛さをこらえいるような
ので、一瞬手をゆるめた。
「ほんとなんだな、じゃ、やめてやる。だけど、みんな
にはちゃんと説明しといてくれよ」
「わかった、わかった、そうするよ」
「約束をやぶると、承知しないから」
「わかったよ、しつこいな」
「だって、いつも口約束だけだから」
「わかったよ」
と情けない声を出したものだから、つい相手の首から
手を離してしまった。それがいけなかった。健太はその
瞬間に起き上り、アッカンベーをしながら、校庭から逃
げていった。
伸介はまたもや、健太に騙されてしまったのだ。これ
で何度目なのか、数え切れないくらいだった。
→「第9章 深夜の雪遊び7」につづく
