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穴吹 圭のブログ

日常の話、コミュニケーション、外国語習得法などを



中心に、小学生から大学生まで幅広く教育のあり方を



考えます。



教育についてはこれまでの経験を活かし、実際に役に



立つ内容を読者と一緒に掘り下げていきたいと思います。

      高齢登山者の悲報!


 北海道の大雪山系トムラウシ山(2141㍍)で、10人

ほどの登山者が遭難事故に遭いました。


 それは何度もテレビや新聞で報道されたので、痛

ましいニュースとして他人事とは思えませんでした。


 最近高齢者の登山ブームだそうですが、いくら手軽

に登山ができるようになったとはいえ、やはり自分の

年齢や体力をよく考えてすべきだと痛感しました。


 ある旅行会社の例ですが、その案内パンフレットを

見ると、まるでハイキング旅行のように軽い感覚で、

宣伝文句がぎっしりと印刷されているのが目につき

ました。


 旅行社は、中高年を対象とした登山者を獲得しょう

として、あれこれおいしい宣伝文句を並べているよう

ですが、よく吟味して選択する必要はないでしょうか。


 例えば、「荷物も持ってもらえる」というのがあります

が、だれがそれを持ってくるれのでしょうか。登山者は

原則として自分の荷物は自分で運ぶことになっている

と思います。


 ガイドに荷物をもってもらうサービスがあるとすれば、

その料金も含まれているはずで、そこにはお金で済ま

そうとする一種の甘え、あるいは驕りがあるのでは

ないでしょうか。


 山に登るほどの体力や元気さのある高齢者であれ

ば、自分の荷物は自分の力で運ぶのが当然だと思

います。自分の身の丈に合った登山であれば、それ

充分楽しむことができるはずです。


 それはともかく、大雪山系は雄大な山系として有名

ですが、たとえ1000㍍クラスの山でも、天候次第では

かなり危険な状態になります。


 今回はガイドが3人もいながら、次々に脱落していく

登山者に付き添い、結局パーティーが3つに分断され、

連絡がとれなくなったのが事故を大きくしたようです。


 生存者が山の冷たい風雨の中を何時間も歩き続け、

しまいには動けなくなってしまって、自分の頭で判断

もできないほど疲労困憊したと語っていましたが、

それを聞くにつれ本当に悲しくなります。


 今度の登山を楽しみにしていた登山者の方は、思

いが果たせなくて心残りでしょうし、亡くなった方には

お悔やみ申し上げるほかありません。


 しかし、悲しい遭難事故となりましたが、この事故

は高齢者の登山のあり方に、反省を促すいい機会に

なったかもしれません。


 これから計画されている方は充分に注意して計画し、

本当の登山を楽しんでいただきたいと思います。


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 伸介は喫茶店で一人ボーッとしながら、深夜の雪遊

びのことを思い出していた。お風呂で火照った体を新雪

の上に投げ出して、人形をつけて遊ぶのは楽しかった。


 倒れこんだ瞬間、ジュッと音を立てて雪が溶け、デス

マスクで自分の顔のレプリカができると、しばし芸術家

の気分になれた。


 それは楽しかった反面、みんなに知れるて後味の悪

いものとなった。普段はそんなことを考えたこともなかっ

たが、つい先ほどまで健太を目の前にして、雪遊びの

ことを思い出していたせいかもしれない。


 いまさら悔やんでも仕方がないが、つい健太から提案

された講演会の講師を引き受けてしまったのである。

引き受けた以上はきちんとした話をしなければならな

かった。


 しかし、小学校時代の同級生に何を話せばいいのか

不安になってきた。 頭脳の中では、各種のテーマが

ぐるぐる飛び交っていただけで、どうやらそれはどうどう

巡りのようだった。


 温暖化の問題について、ときどき講演依頼が舞い込

んでくる。ただ、内容が学究的になると、聴衆があまり

興味を示さないことを、これまでも経験しているからだ。


 これに比べれば、学会の研究発表の方がよほど気楽

である。レジメをきちんと書いて、パソコンで資料を見や

すく作っておけば、あとは発表の趣旨を要領よくまとめ

てプレゼンすればいいだけのことである。


 健太が言うように、何でもいいから適当にテーマを選

んで、関心のありそうな内容をちょっと話してくれれば

いいというのが、実は一番難しいのだ

 どうせ話の半分ぐらいか理解できないのだから、いっ

そのこと何も用意しない方がいいかも知れない。


 伸介は気がつくと、テーブルに置いてあった厚手の

紙ナプキンの上に、ボールペンでマッピングをしていた。


 マッピングというのは、自分の頭に浮かんでくる事柄

を次々に書き出しては丸く囲っていき、関連する内容

をカテゴリー化することである。


 これは自分の考えが整理されないときなどにやると、

結構まとまってくるので、伸介はときどきこれをやる。


  同窓会…小学校…仲間…遊び…懐かしさ…怖い

  先生…岩本先生…よく叱られた…優しい先生…

  褒めてくれた…長井先生…などなど


 岩本先生(あだ名=ガンテツ)は小柄だったが、岩の

ような強固な肉体を持っていて、いつも生徒の先頭に

立って引っ張ってくれた。


 一方、長井先生は色白のポチャッとした先生で、誰

にでも優しかったので、みんなのお姉さんのように慕

われていた。


 担任の大田先生は背の高い体育の先生だったが、

悪さをする男子生徒には厳しく、よく殴られたり立たさ

れた。


 伸介もこの先生から何度か殴られ、痛い思いをした

ことがある。岩田先生はもう何歳になられたのだろう

か。確か癌の手術をされたばかりだということだった

が…。


→「第9章 深夜の雪遊び8」につづく


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   孫娘は可愛いですけれど…。


 孫は目に入れても可愛いいとよくいわれますが、確

にそうですね。まだ小さい内は、まるで動く人形(?)

さんのようで、仕草がとても面白いです。


 しかし、娘夫婦と同じ屋根の下で毎日接していると、

可愛いとばかり言っていられないこともあります。まだ、

感情のままに動くときが多いので、ときには我儘になり

がちです。


 そんなとき、ママは実に辛抱強く孫娘に接しているの

を見て、逆に当方が教えられることが多いようです。


 特に叱り方が印象的で、どんな場合も、理解するまで

説得するということで一貫しています。


 それを見ていると、自分が子どもを育てているとき、

そんなに我慢強かっただろうかと考えても、あまり記憶

がないのですから、困ったものですね。


 一番感じることは、子育てには深い愛情と体力がいる

と痛感しています。人間、歳をとると、何をするにも体力

がなくなるようですから、まったくな情けなくなります。


 昔だったら、とっくに叩いて分からせるところでも、じっ

と待つという姿勢は、しつけの根幹にかかわるので、

そういう場合は余計な手出しはしないようにしています。


 年寄りはそばでじっと成り行きを見つめながら、孫が

成長するのを温かく見守ってあげることしかでききませ

ん。


 ただ、いつでも相談相手になってあげるという、精神

なサポートができればいいと割り切ることが必要の

ようです。


 人間には、叱られて育つタイプがありますが、誰でも

褒められると嬉しいですから、やはり上手に褒めて育

てるのが一番いいのかもしれません。


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