公的なイベントは11月で ほぼ 終わり。
仕事を辞めても やっぱり周りは<新年度4月~3月>の周期で動いているので それに付き合わざるを得ない事が多い。
ボランティアの研修や会議も 役所がスタートする年度初めに計画策定が行われ 実際に行われるのは秋に集中する。
と云うワケで 12月はちょっと解放されて (…とも言えないけど) 自分の楽しみの予定も入れやすい。
その第一弾は <着物でお出かけ仲間>とのランチでした。
今年は 春の桜(伏見) 夏の伊勢(特急しまかぜに乗って) で、秋は宇治。
三回も誘って貰って おかげさまで箪笥で眠ったままの着物の出番がありました。
1月の結婚式も含めたら 近年にない数字です。
遠くに住む友人二人が 京都に向かって列車に乗った頃 一番近くに住む私は 着付けに悪戦苦闘していました。
それでも 何とか格好つけて、羽織で隠してイザ!ランチに。
今回のランチは 宇治にある黄檗宗大本山 萬福寺の<普茶料理>。
普茶料理は 黄檗宗の開祖 隠元禅師が中国から伝えた精進料理で、 ≪席に上下の隔たりなく一卓に4人が座して和気藹々と食事をするのが作法≫ だそうで、以前は 4人でないと予約できなかった。
なので、チャンスがないままだったのが、いつ頃からか4人でなくても予約できるようになっていたらしい。
おかげさまで やっと≪萬福寺の普茶料理≫に辿りつけました。
京阪 or JRの黄檗駅で降りたら萬福寺はすぐです。
あれほど京都の街に溢れる観光客も ここには ほとんどおらず、静かにお寺を堪能できました。

普茶料理を頂く場所は 山門の奥の奥。
個室でしたので 羽織が脱げない~(脱いだら粗が見える~)と思っていた私も安心して 寛げました。


そろそろ帰ろうかと 外に出た時に 友人が そう言えば…と言い出したのが 塔頭の一つ<宝蔵院>。
ここには 日本の印刷・出版の原点とも言える お経の版木が収められている。
鉄筋3階建ての収納庫には 原稿用紙大4枚分のお経が裏表に彫られた版木が 何と 6万枚。

彫るという事は 文字が逆になるのだけど それをどうやってこんなにきれいな明朝体で??と 思って聞いてみたら
師である隠元禅師から 貰い受けた貴重な一切経を1枚 1枚切り取って版木に貼り付け 彫っていったらしいという事でした。
その頃のお経が しかも 全てのお経の原点となる一切経の経本がどれほど貴重なものだったを考えると それを削って…という思い切りにも驚きます。
師から貰い受けた一切経は消え 代わりに 17年の歳月をかけて6万枚の版木が誕生した事は もっと多くの人に知られても良い偉業だと思うのですが…
私としては<国宝>にしたいくらいです。
