眼鏡が無いと 目が疲れる。 特にパソコンを見る時は。
実家のパソコンが壊れたので 自宅のを持ってきたけれど 画面が小さく なんとなく使いづらい。
ハードディスクは大きい容量に変えてもらったのに ゲームをやると 動きが超スローモーでやってらんない!!!というパソコンだったので 長く放置していたノートです。
スマホよりマシと思って 実家に持ってきました。
ところが 今度は眼鏡を忘れて来た。
ダンナに探して貰ったら 『眼鏡ケースの中に 2つ入っていたよ』との事。 見つかったのは良いけれど どうりで こっちのケースが空っぽだったはずだ。
しかし・・・同じケースに二つ入れて 気が付かないという方が問題だと思う。 私もどうもアブナイ。
楽しかった温泉・カニツァーもアッという間に過去の時間になり 気分のスッキリしない日々が続いている。
人間には<忘れる>という 便利な機能がある。
そして <喉元 過ぎれば・・・>という言葉も。
SOS!と聞いて できるだけのサポートをしようと 受け皿の準備をした。・・・が、当面の生活の不安がなくなると 「もう結構です」と 体よく距離を置こうとする。
どこの家庭にも何らかの問題はあり、今は無くても 必ず出てくる。
家族 あるいは 夫婦で支えあって何とかなっているうちはいい。
最近 考えさせられるのが <他人に知られたくない>という思いの強い人がいること。
近所に知られたくないから救急車を呼ばないで。
(→家から離れた場所で待機してもらう)
近所に知られたくないから 家に来ないで。
(→ 必要な時は こちらから電話するから)
心配するから親戚・友達にも言わないで。
(・・・アナタこそ 何を心配してるのかな???)
他人に迷惑をかけず 工夫し 自立しているのは 大事ですけれど、本当に困った状態になりそうな時は 『助けて』と手を挙げる勇気も もって欲しいと思うのです。
部屋から出ないのだけが 引き篭もりではありません。
親戚 友達 近所・・・取り巻く社会から引き篭もっている
人が 周りには結構 居るようです。
私の夢は <陽当たり良い中庭のある集合住宅で 気の合った友人たちと暮らすこと>
部屋に居てても良いし、 誰かがコーヒーを淹れたら中庭にお菓子を持ち寄ってカフェタイムもいい。
アルハンブラの中庭みたいな所なら言う事ないのだけれど。

<写真はネットから>