毎朝 日経新聞の連載小説 <甘苦上海 /がんくうしゃんはい 高樹のぶ子作>を楽しみに読んでいます。
主人公は52歳(多分)の女性。 がむしゃらに働き 成長著しい上海で高級エステサロンを経営し 欲しいものは全て手に入れてきた。
しかし・・・ふと思う。 ジグソーパズルの最後のピースを埋めるように・・・ <恋>がしたい。
この気持ちは解る。 もう面倒くさいのはイヤだ。 だけど・・・あの切ないような胸の疼き。 会いたい、切ない、そんな気持ちが まだ私の中に残っているだろうか?
彼女・紅子は年下の30台の男性と知り合う。こんな若造・・・と思っていたのが 何時の間にか彼への執着に囚われる。
彼よりずっと豊かな彼女は お金で彼を自由に出来る。でも心までは支配できない。
中年の女性がホストに入れ込んだり、韓国の若手俳優にのめりこんだり・・・
傍目に見れば 失笑を買うような行動も 案外 根っこは同じかも知れないと思う。
この連載も 後 4回。 31日で終わる。
最後の場面近くになって 小道具として<香水の小瓶>が出て来た。
彼は 関係を断ち切るように彼女の前から消えた。 その時に 彼女の香水の小瓶をバスルームから持ち出した。
彼女がいつもつけていて ほとんど彼女の体臭の様になっていた香水・・・・
ここまで読んで 懐かしく思い出したのが 若かった頃 自分の香りを どの香水にするべきかと試行錯誤していたこと。
香りとその人が一体となる。これは 若かった私たちには重大な選択でした。
逆に 好きな人の煙草の香りも 区別する事が出来た。
ある同僚は<ミツコ>。 ある後輩は若々しい<シャネル19>。ある先輩は<サムサラ>・・・と、みんな 自分の香りをまとうのを当然の事としていた。
私は季節や年代によって 好みが変わっていた。
20代の頃は 夏はシャネルのクリスタル、秋からはニナリッチのレールデュタン。
30代の頃は ジバンシーのアマリージュ。
40代の頃は ジバンシーのオルガンザ。
それがいつの頃からか スッカリ <無味無臭>になっていた・・・・・
鏡台の奥に眠っていた 香水の瓶を 取り出しました。
南田洋子さんの様に先に逝って 妻の香りで オットを泣かせてやろうかな ^m^