一昨日朝日新聞のサイトを見ていたらこんな記事があった。

特許、無条件で会社のもの 社員の発明巡り政府方針転換
http://www.asahi.com/articles/ASG924QNWG92ULFA00K.html

これは結局早耳の誤報だったようで、昨日の読売新聞ではこうなっていた。

社員発明、企業が条件付きで特許権…有識者会議
http://www.yomiuri.co.jp/economy/20140903-OYT1T50165.html

要は社員が編み出した特許は所有は企業になるが、そこに十分な報酬があるという前提で譲渡するか、無条件譲渡するかの違いである。
最初、朝日新聞の報道(携帯電話でも配信されていた)では無条件に決まった、となっていたが読売新聞はそれを否定したということである。
まあ、新聞が誤報を出しても「どうせ見てないだろう」ということで訂正記事を書かないのは珍しい(最近大問題になっているようだが)話ではないのでそれは放置として、さてこの問題どう考えるかは結構重要だと思っている。

朝日新聞のスタンスは企業への譲渡自体が技術者のモチベーション低下につながるとして、反対とは明言しなくても問題ありということのようだ。実は私自身も同じ考えである。

経営者側は特許の創案自体が企業活動の中で行われているので、その価値は企業にあるという考えだが、それはそれでスジは通っていると云えば通っていると思う。問題はその時に技術者がどう行動するかを考えていないことにある。
最近ただでさえ技術者使い捨てみたいなことが云われていて、一度は成功した事業に携わっていたとしてもそれが斜陽になると不要な人材扱いされてしまうと云うのが最近の傾向のようだ。経営者側がそういった技術者につぎのチャレンジを与えられるだけの創造力、企画力があればいいのだが、なかなかそういうものでもないだろう。で、技術者を派遣社員で構成して事業が斜陽になったら切る、という方法を選択しているのだと思う。
もちろん経営効率を考えればその方が良いだろう。だが結構怖い落とし穴が隠れていると思う。

技術者だって馬鹿じゃない。どうせ企業の所有になって自分にはリターンがなければ与えられた業務をこなす方が優先度が高く、いくら書けといったって「忙しくて無理ゲ」である。「この内容で書きなさい!」と管理職が云おうとしたって、それが出来るくらいなら自分で書くだろうし、でも報酬に結びつかないなら管理職ですら積極的にはならないだろう。

ここで登場するのが特許管理会社である。
「え~、良いアイディアありましたら買い取りますよ。実績が出たら報酬も払いますよ」などともみ手でやってくるのである。

特許管理会社というのは特許権を買い取って、それを権利行使することで成立している会社のことである。製品を作っていないのでクロスライセンスが効かず、権利行使されると一方的にライセンス料を持って行かれてしまう。昔の会社で私も少し相手をさせられたので大変である。

製品開発を行った技術者がそこでは特許を書かず、この会社にリークしたらどうなるか。もちろん違法行為であるが立証は大変だろう。その技術者がいなくなった後で、特許管理会社がやって来て「うちの特許使ってますね。ライセンス料を払って下さい」とやったらどうなるか。もちろん技術者ノートなるものが会社にあって提案日付より前に開発が成功していることが証明できれば、無効申し立てできるがそれはそれで大変な労力であり、だいたい提案から数年後に特許が成立するので技術情報管理がしっかりしていないと、それこそ製品寿命が終わる頃に請求されかねないのである。

平均的に技術者は不器用だから自分からこんなあくどいことを考えるとは思えないが、ちょっと気の利いた技術者ではない連中なら十分考えるだろう。法律家ならリークした技術者の立場を守りながら、特許管理会社の利益を確保する裏技などは簡単にひねり出すに違いない。自分がやってみようかな、いや、なんでもない。

発明は企業が提供する環境が有って始めて出来るものだろうが、技術者の資質に寄るところも多いはずだ。そういった技術者に忠誠心を持ってアイディアを出してもらい、仕事をしてもらうにはそれなりの譲歩が必要だと云うことである。

さらにもう少し考えてもらいたいのは、派遣技術者の知的財産権である。派遣技術者が特許性のあるアイディアを出しても今はだいたい派遣先企業の所有になると思う。よくて共同提案か。
経営者側は効率を重視して派遣技術者を使っていると思われるが、派遣会社や派遣技術者によりよい成果を出してもらうにはそれなりのインセンティブが必要だと云うことは理解しておいてもらいたいと思う。そうでないと上述のようなもみ手で現れる怪しげな連中が技術者と接触しないとも限らないのだ。契約で抑えると云ったって、そんな騒動になるくらいなら最初っからそれなりの条件を出しておいた方がコストは少ないだろう。

派遣もそうだが、中小企業や委託業務を行っている企業も同様である。
アベノミクス3本目の矢の実効性(具体性)がイマイチ怪しげだが、こういった中小企業などにも知的財産権を主張させ、それを支援させるような仕組みがあっても良いのではないか。
たとえば、特許は書くだけではダメで、維持するのに費用が掛かる。さらに権利侵害を調査しなくてはいけないし、場合に因っては裁判もしなくてはいけない。そういったものを支援する団体を作り、中小企業に代わって維持や権利行使を行わせるのである。運営費は企業規模に合わせて出し合いながら、国からも支援するというような案配である。
それに近いような団体はあるようだが、中小企業展などでそこの人と話した限りでは受け身である。

なんだかんだいって大企業が引っ張っているというのはこの国の状態だが、固有の面白い技術は中小企業が持っていたりする。そういったものを知的財産まで含めて国の利益につなげることにもっと積極的になってもいいのでないかと思うが、みなさんはどう思われるだろうか。