先日とある企業に出向いたとき(自分は何かの面談だと思っていた)その会社での入社試験について意見を求められた。同行していたのはリクルートエージェントだが、何をどう宣伝したのか初対面の私にそんなことを聞くので面食らった。もっとも会ったのは総務課の人で、社内で電気系の専門家が乏しいので広く意見を求めて(藁にすがる思いで?)より良い入社試験問題にしたいとのことである。

その場で私が述べた意見については割愛するが問題の中に三相交流とモータに関する問いがあった。私も一応電気工学科出身なので一度は勉強したことはあるが、いわゆるエレクトロニクスというか弱電系だとまず仕事では使わない。というか学生時代もベクトルだの力率だの講義はあったがあまり身につけたとは言いがたかった。はっきり言ってピンと来なかったのである。
とはいうものの今後も色々なジャンルでなにがしかの話が合ったとき、「よく覚えていない」では格好が付かない。そこで昔のテキストを引っ張り出したり、サイトを検索したりして勉強し直してみた。

オススメのサイトはこれ。

公益法人法人 日本電気技術者協会>理論一般

http://www.jeea.or.jp/course/01.html

電気理論一般を最初から見直したい場合にはここを丹念に追うのがいいようだ。
さらに強電系にとって有益な情報もあると思われる。

さて、私はずっとエレクトロニクスをやって来たのでこういった強電系の理論に関してはセンスがあるとは思えない。が、所詮電気は電気である。電圧が高いとか電力がでかいとか周波数が高い低いなどという話は本来本質ではないはず。ならば基礎理論を電子工学の感覚で理解する方法でもいいのではないかと思う。

ただし電気工学を一からちゃんと勉強している学生や初級者にはここでの説明はあまり勧めない。王道はあくまでも教科書を最初から理解し使っていくことであって、ここではなんとなく通り過ぎてしまった基礎理論をある程度身につけた技術の延長で見直すというスタンスである。

前置きが長くなったが、今回はベクトルによる表現について考えてみたい。

私の 30 年近くの技術者生活の中で交流信号をベクトルで表現した記憶はほとんどない。もぐりだろう、と云われるかも知れないがそれでもここのブログで書いたようなことは出来たのである。
今「表現」という言葉を使ったが、要はベクトルというのは電気信号を表す一つの手段ということでこの言葉を使った。言い換えれば他の方法で電気信号を扱えれば使わなくても済むと云うことだ。

で、どういう表現で電気回路を理解していたかというとプラス変換を使った表現である。

このブログでは伝達関数というのがたくさん出てくる。G(s)、H(s) というやつである。
とりあえず線型演算の範囲では初歩的なラプラス変換の知識でもサーボを論じたり、オペアンプの動作について考察できるのはこのブログでも何度か扱った。その知識をベースにベクトル表現を理解してみようというわけだ。

s を使った伝達関数表現は一般式として以下のようになる。イメージ 1

ここで s はすべての周波数を含んでいると考えるが、これを s → jω と書き直すとある特定の周波数に注目した関数になる。
こんな感じである。
イメージ 2

ここでωに特定の数値を入れて(周波数を特定して)計算し直すといつかは a + jb の形になる。これが複素平面上ではあるベクトルのようなものを表すことになる。
イメージ 3
これは何を表すかというともともとの伝達関数の特性で特定の周波数に着目した場合の伝達特性を複素平面上で表したものである。
この伝達特性にたとえばインパルスを入れると、インパルス自体はどの周波数でも 1 というベクトル表現になるので、出力は 1 x (a + jb) となり、結局伝達関数そのものになるというわけである。インパルスでなくてもその周波数での振幅が 1、位相が 0°ならば同様に a + jb になるというわけである。で、その振幅は (a^2 + b^2)^(1/2) で位相は arctan(b/a) となる(どこの象限になるかは注意が必要)。

さてここで入力信号が位相を持っていた場合どうなるか。
単一周波数も同様にベクトルで表すことが出来る。つまり前述の特定の周波数が振幅 A、位相 θを持っていたとすると、図のようにベクトルで表してさらに複素平面上の座標で表すと、途中を華麗にすっ飛ばすが c + jd の形になる。
イメージ 4
この信号を先ほどの伝達関数に入れるとそれの特定の周波数に対する応答ベクトルとの積が得られる出力になる。
この場合は、
イメージ 7
としてみたものの何かピンと来ない。知りたいのは得られた信号の振幅と位相であるが振幅はそれぞれの元のベクトルの大きさの積ということは分かるとして位相がよく分からない。
そこでそれぞれのベクトルを最初から振幅と位相成分に分けて計算し直してみる。
イメージ 5

途中、三角関数表現に直すことで位相計算をすることができ、得られた結果のうちのカッコ内の複素数表現はそれぞれのベクトルで表された位相の和の cos を横軸、 sin を縦軸とする大きさ 1 のベクトルになることが分かる。
ということで、周波数を特定してその周波数での伝達関数の特性をベクトル表現し、またその周波数で位相を伴った入力信号ベクトルを伝達関数に入れた応答は、ベクトルの積で計算することが出来、結果はベクトルの大きさの積とベクトルの角度の和になる、ということである。
イメージ 6

・・・。

なんか違和感が。そもそも 2元ベクトルって積の計算できたっけ?少なくとも高校の数学では教えていない。scilab で計算させても余裕でエラーになる。wiki ってもベクトルのところではそういう計算は出てこない。では今までどうやって説明していた?

先ほどの日本電気技術者協会のサイトではこんななっている。

対象座標法1<入門編>対象座標法とはどんな計算方法か
http://www.jeea.or.jp/course/contents/01123/

ここの 3項の図の「⑤ 積」を見るとしれっと結果だけが書いてある。「ベクトルの手ほどき」のところには積の記述はない。
私の持っている教科書的な本でも、最初 X - Y 軸のグラフがあって和や差はそのグラフを使って計算を交えながら解説しているが、乗除になるといきなり複素数表現になっている。どうもベクトルと称して高校で習ったものをそのまま電気工学の交流理論で応用するのは無理なようだ。ベクトルといったってあくまでも複素座標上での話と頭を切り換えないといけない。通常の X - Y 座標系をイメージしてはいけないようだ。と、これは私が調べることができた範囲での知識であってもっと調べたりあるいは研究者に聞けばはっきりするかも知れない。あるいは「そういうものだけど、何か?」で終わる可能性もあるが。

教科書などで、L - C - R などの回路網に交流電圧を掛けたらどうなるか、などの例題は電流か電圧のいずれかはゼロ位相になっているため、ベクトルでありながらスカラーと同等になっていて回路網がベクトル表現になっていても簡単に掛け算することができる
三相交流のように位相を持つ入力信号に対しては L - C - R 回路網のようなベクトルで表さなくてはいけないものには印加された例はないようだ。この場合は行列表現を使って解析している。
ただし私の持っている先ほどの教科書は一番最初に複素平面を解説していて、その次にベクトルの解説になっている。多分そのベクトルの解説で使っている座標面を複素座標平面にして統一しておけば良かったかも知れない。別に文句を言っているわけはないが。
ベクトルと複素数の関係は歴史的に古いようだ。単に電気工学に応用しやすいということで生まれたわけではないらしい。ただ今回のように複素数表現は非常に交流の振る舞いを理解する上で相性がいいようである。2回掛けると極性が反転する、4回掛けると元に戻るといった虚数の性質は交流の位相そのものである、というのも偶然か意図的か面白いものである。さらに s を使った多項式表現もたとえば一次の項をいくら操作しても他の次数にならない、さらに s を掛ける(ベクトルの積を求める)をしないと次の次数に移行できない、言い換えるとやれば出来る(位相が変化する)というのも興味深い。
ベクトル、多項式、複素数というのはアナログ領域(連続領域)での伝達関数のみならず、符号理論などでも登場する。自分の理解が深まったら取り上げてみたいと思う。

基礎理論を頭から勉強しようとすると何か感覚的にハードルを感じてしまうが、s や jωでさんざん応用をやったあとに見直すと「そうだったのか」と思うのは私だけだろうか。

今回はいつも以上に思いつくままに書いた感じでまとまりがなくなってしまった。上手く伝わると良いのですが。

イメージ 8 ← にほんブログ村「科学」-「技術・工学」へ
 ↑ クリックをお願いします。