アナログデバイセズ社主催のコミュニティでこんなネタがあった。

バイポーラトランジスタの増幅動作
http://bbs.ednjapan.com/ADI/index.php?bid=4&v=1399314494UnLGdf

この中で hirocyan-san さんが回答番号 3 で詳しく説明していますが、要はトランジスタの電流増幅率をトランジスタのばらつきや温度による変化を吸収したいというテーマについての一案が示されています。
hirocyan-san さんの回答がトピ主の要望に叶っているかどうかは、その後の返事がないので分かりませんが、hirocyan-san さんの案についてここでも取り上げてみたいと思います。

トランジスタは電流増幅素子なので、ベース電流に対して電流増幅率 hfe を掛けたコレクタ電流が流れます。ただこの電流増幅率 hfe というのがくせ者で、同じ型番でも数倍は有に変化し温度でも当然のように変化します。なのでトピ主の要望であるベース電流に対してある程度の範囲に抑えたコレクタ電流が流れるようにしたい、温度などでの変化を最小限にしたいという場合には、少し工夫が必要になります。
そういう用途を無理矢理想像してみました。たとえば LED を光らせるのに 1mA の入力電流を与えると 10mA 流れるという回路を作ってリニアに LED 電流を制御したい、部品ばらつきに対してもその係数がほとんど変化しないようにしたい、こんな用途を想定してみます。

回路規模を考えずにかつ精度の良いものを作ろうと思うなら、hirocyan-san さんの資料(コミュニティにログインしないとダウンロード出来ません)にもあったように、ここでもしばしば取り上げたオペアンプを使った定電流ドライバが使えます。入力に抵抗を入れて電流入力にすれば完成です。電流増幅率も自由に選べます。トランジスタの特性の温度変化も気になりません。
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これだと規模が大きすぎる、応答もそれなりにしたい、精度や温度特性は多少悪くても構わない、というので hirocyan-san さんは以下のような回路を提案しています。
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詳しい解析は資料に載っているのでここでは省略します。

さて、この回路ですがどう設計すればばらつきの影響を無視できる範囲に抑えられるかというとちょっと配慮が必要です。
回路のイメージを云うと、入力抵抗に流れた電流分だけトランジスタのベース電位が上がります。そこから Vbe 低下した分がエミッタ電位になりますから、その(エミッタ電位)/(エミッタ抵抗)がほぼコレクタ電流になります。この単純なモデルで考えた場合の発生する誤差はというと、入力抵抗に流れる電流は(入力電流)-(ベース電流)であり、(ベース電流)=(コレクタ電流)/ hfe ですから、hfe が低いほどベース電流が大きくなって誤差が顕在化する可能性があります。もう一つは Vbe で、これが温度やコレクタ電流によって次の図のように若干変化します。
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この特性はトランジスタが変わってもそんなに大きくは変わらないので、全温度範囲、全コレクタ電流範囲で 0.3 ~ 0.8 というところでしょうか。-25℃や 100℃ という環境も何ですが。
spice によるシミュレーションでも確認できますが、ざっくり中心動作点を 1mA として、動作温度を 30℃ ぐらいとしておけば、0.6V ぐらいが中心点で、変動を±0.1V ぐらいを見ておけば良いのかも知れません。この辺りは使用する機器と要求精度によるのでそれを考慮する必要があります。

ぶっちゃけコレクタ電流が 1mA 中心と考えるなら、エミッタ抵抗を 1kΩ にしてエミッタ電位を 1V ぐらいになるようにしておくと、トランジスタの温度特性で Vbe が ±0.1V ぐらい変動しても 10% ぐらいのコレクタ電流変動で済むと云うことです。10mA なら 100Ω、100mA なら 10Ωといった要領です。
入力抵抗はこの Vbe の分を考慮して、1mA の場合は 1V + 0.6V がベース電位になりますから、10倍の電流増幅率を持ちたいのであれば、100uA 流れたときに 1.6V になるように 16kΩぐらいを選択しておけばよいことになります。ただし実際にはそれでは 10倍にならず Ib を考慮したりする必要があるので、カットアンドトライにならざるを得ません。ただ出来てしまえばそれなりの再現性で動くと思います。

DC 特性はこんな感じです。
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100uA 入力に対して、900uA 出力ですからまあ合っていると言えます。ただ、50uA 入力と 100uA 入力の2点間で傾斜を見てみると Slope = 14.6 ということでどちらかというと抵抗比の方が近いでしょうか。これはトランジスタがアクティヴになるために 30uA 程度のバイアスが必要だと云うことになります。これはどちらを選ぶかも設計仕様によります。使ったトランジスタでは Vbe = 0.63V が動作点だったようです。

このバイアス電流をあらかじめ与えておけば全体のリニアリティは改善はしますが、現実にはちょっと難しいかも知れません。この回路でも使う仕様が限定されていれば、簡単な構成なので実用的と言えるでしょう。

次回はリニアリティの改善案を検討してみます。