前回は光ディスクのフォーカスサーボを構成する要素について説明した。

おさらいすると、検出系はフォーカス点からの偏差=位置を検出する。この検出素子には特に周波数特性はないと考える。つまり単なる係数である。サーボを構成するためのアンプ(ここではオペアンプ)は、サーボ特性にゲイン以外の特性=周波数特性は影響を与えないとする。そうすると周波数特性として自己主張しているのはアクチュエータだけということになる。確認のためにボード線図を再掲。

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前々回にサーボを安定に構成するには、一階積分特性を作ってその領域にゲイン交点を設定するのが良い、とした。従ってこのアクチュエータの特性に色々とフィルタで加工することで一階積分特性的なものを設けて安定なサーボ特性を実現する、ということになる。

どんなフィルタを作るかを考える前に、サーボ設計の目標を設定しておこう。システム設計的には本当はここから開始すべきだが、もうそれはブレイクダウンされているとする。
簡単に触れておくとフォーカスサーボというのはどのくらいの精度で動いていなければならないか、外乱はどんなものがあってどのくらいの量か、ゆえにどのくらいのゲインと帯域がなければいけないか、ということである。

今回の目標としては、
・DC ゲイン:80 dB 以上(レンズの中立位置とディスクに対するフォーカス位置との偏差)
・40Hz ゲイン:60dB 以上(回転数 2400 rpm として、その時の面ぶれ量と許容されるフォーカス誤差)
・サーボ帯域:3 KHz 程度(低すぎると面ぶれ加速度に追従できない。高すぎるとキズでフォーカスがはじかれる)

としておく。

これらを頭に置いておいてアクチュエータの特性を見てみることにする。
アクチュエータの特性のディメンジョン(これは常に注意しておきましょう)は m / A です。ただし DC ゲインだけの話だ。
交流的には前にも述べたように二階積分系。だが最初は DC ゲインから考えておくと取っつきやすいと思う。そこをおおよそ見積もれれば、あとはボード線図を見ながら決めていくことが出来るからである。
検出素子のディメンジョンは V / m である。だから、検出素子とアクチュエータを単純に組み合わせると、V / m x m / A = V / A となる。これではディメンジョンを持ってしまうので(ゲインは無名数)、途中に A / V の特性をもった増幅器=電圧電流変換器を入れれば一巡のディメンジョンとしては無名数に出来る。

例として、検出素子の検出感度を 2 V / um、アクチュエータの感度を 10 mm / A とする。また電流電圧変換器の変換係数を 0.5 A / V とする。単純にこれらを掛け算すると、
2 e6 x 10 e-3 x 0.5 = 10000 = 80 dB
となる。よってたったこれだけで目標 DC ゲインどおりになることはなる。

そこで先ほどのアクチュエータのボード線図を見て、0dB のラインがほぼ DC ゲインを表していますから、ここを 80 dB にしてグラフを読み替えればよい。さてそうやってみるとゲイン交点はどうなるか。グラフの拡大図を作ってみた。
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緑色の点線がゲイン交点である。約 5 KHz ということでサーボ帯域としてはよさげに見えるが、問題は位相である。ほぼ - 180°。もれなく不安定になる。閉ループの伝達特性の分母がゼロになるからだ。
そこで前々から述べている一階積分特性をこの辺りに設けなければならない、ということになる。
この付近の特性は二階積分特性だから、一階積分特性にするには逆特性すなわち微分特性を加えればよい。少し乱暴なことをいうと系の中に微分回路を入れると安定にはなることはなる。しかし高域が持ち上がりすぎたり、何よりも低域ゲインが下がってしまう。そこでゲイン交点付近だけで微分特性を持たせれば良い、ということになる。
有り難いことに先人達は進み補償回路というのを考案してくれているので、これを使えばよい。一般に制御の改善方法として PID 制御という言葉がよく使われているが、これとここでの設計との関係は後でまとめて触れることにする。進み補償というのは PID の D にあたると考えて差し支えない。

位相進み補償回路の特性は以下のようである。

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部分的に微分特性を示すので、ゲインは特定区間で高域に従って上昇する特性を示し、同時にその間で位相が進んで最後に戻る。ゲインが上昇し始める周波数と f1、上昇が止まる周波数を f2 とすると、もっとも位相が進む周波数は (f1 x f2)^0.5 である。ここでは f2 / f1 = 10 にしているので、約 f1 x 3.16 である。またその時の位相進み量は約 54°になる。

アクチュエータの特性から、100 Hz ~ 10 KHz ぐらいまでは、- 180°なので、位相進み補償を入れた場合はその位相進み量がそのまま位相マージンになる。これが大きければ大きいほど安定と言える。どのくらいが良いかはちょっと置いておいて、50°ぐらいあれば良いとしよう。
そうすると 3 KHz ぐらいで位相進みが最大になるような補償をすればいいので、f1 = 1 KHz、f2 = 10 KHz とすれば、3.16 KHz で 54°進むので良さそうである。この位相進み補償回路の特性を下に表す。先ほどとの違いは周波数軸が違うだけである。

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注意して欲しいのは、位相進み補償は f1 より低い周波数でゲインが下がっていると云うことである。つまり高域のゲインをそのままに補償すると必然的に低域のゲインが下がることになる。

この位相進み補償とアクチュエータ特性とを組み合わせると次のような特性になる。

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ほぼ予定通りゲイン交点が 3 KHz、位相マージンは 54°ということになって、帯域と安定性は目標通りになったようだ。また、40 Hz の利得も 60 dB あり、これも目標を達成している。しかし、DC ゲインが下がってしまい、20 dB 目標未達である。今度はこれを何とかしなくてはいけない。
これまた有り難いことに先人達は位相遅れ補償という機能を考案してくれている。これは進み補償と逆で特定区間で積分特性を持たせて、低域のゲインを上げてやろうというものである。なお遅れ補償と呼ばれているものの位相を遅らせることが目的ではなく、ゲインを上げるのが目的である。ゲイン補償という方が機能を表している表現だと思う。進み補償は位相を進ませるのが目的であった。

特性はこんな感じである。

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約 20 dB 特定区間より低いところでゲインが上がる。今回は DC ゲインを上げたいだけなので、多少低くても構わないが一応 f1 を 2 Hz、f2 を 20 Hz に設定しておく。

この遅れ補償を追加した特性は以下のようである。

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10 Hz 以下を表示しなかったので DC ゲイン 80 dB は表示できなかったが、上のグラフを参考にそういうものかと思って欲しい。

一応これで目標を達成したサーボ設計ができたようだ。
電気回路としては以下のようになる。

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非常に簡単に表しているが、実際にはフォーカス点を探したり、フォーカス点を微調したりする回路が必要である。
オペアンプの前に付いている抵抗とコンデンサで構成された回路は位相進み遅れ回路と呼ばれている。前述の進み補償と遅れ補償を同時に実現してくれる。レンズアクチュエータの下側にある 2 Ωの抵抗は電圧電流変換係数を決めている。ここでは 2 Ωなので変換係数は先ほどの 0.5 A / V ということになる。

とはいえ、このサーボ特性はそんなに良いわけではない。ちょっと高い周波数においてゲインが高すぎて 15 KHz にある二次共振が気になるところである。進み補償の f2 / f1 を 10 に仮置きしてみたが、位相マージンをそれほど取らなくても良いなら、5 ぐらいでも 40°程度確保できるので十分安定であるし、低域のゲインも確保しやすい。またサーボ内で不要な高域ノイズが残留しなくて済む。

よく位相マージンを取りたくてつい進み補償を効かせすぎたりするが、私自身は可能な限り控えめにするのがコツだと思っている。
この辺りはシステム要求をよく考えながら調整しておく必要がある。