子どもの健やかな成長を祈って、

神社や仏閣に詣でてお参りする

“七五三詣で”は、江戸時代の「徳川綱吉公」以降、

一般にも普及しだした風習、行事のようです。

 

極々最近までの日本は、弱者や障害者、病人は

一般社会の範疇から外され、人生を全うすることさえ

至難の時代が続いていたという歴史が有ります。

 

つい最近までの「らい病患者」の隔離施設などは

典型的ですが、生まれてきた子供に対しても、

障害や病気、発育の遅れなどが有る場合は、

優先的な「間引きの対象」とされることも

有りましたし、歌にも歌われた、

「姥捨て山」は、年老いた姥の行き着くところとして

社会の認知を受けるものでも有りました。

 

兎角、歴史上の記述で留意すべきところですが、

後世に残す、歴史上の出来事は、

幸いに「命の長らえた、勝者」の側の観点で

正邪を含め判定され、記述が残されてきたものであると

いうところです。

 

そのあたりを鑑みますと、

幸いに成人し、老齢にまで達した「病者や老人」と

比較しても、「子どもの間引き」に係る

「当事者の声」は、はぼ皆無に等しいものと

推察できますし、それだけに猶その無念の思いに

寄り添い、慮ることの必要さを

痛切に思わせられるところです。

 

偶々、縁あって、自分の子供、孫、甥っ子、姪っ子

として、時代を同じくする子供たちには

先輩として、命を賭してでも、守るべき

ものが有るのではと思います。

 

「人として有るべき姿勢」こそ、

後々まで、引き継いでいって欲しいものと

思う所です。

我家の“リオ君”は

3才を迎える時に

岡崎の「岩津天満宮(いわづのてんじんさん)」で

「七五三詣で」をしました。

 

体は小柄ですが、

元気一杯、

悪い所はありません。

 

最近は、

お口も達者になり、

会話も弾みます。

 

ご飯を食べる時も、

おしゃべりや遊びに

気が逸れて、

モグモグ、こっくんが

なかなか進みません。

 

じりじり、もぞもぞ、

我慢と忍耐が続きますが、

楽しく、長い食事が

普通になっています。

 

保育園では、

普通にできているようですので

家では「甘え」が

まかり通っているようです。

 

もりもり、ぱくぱくの

待ち遠しい“リオ君”です。

今日まで、年賀状の早期受付割引の

せいでしょうか、

朝から、ずーっと、年賀状のご用命が

続いています。

 

いよいよ歳末に向かうかという思いの

一方では、

「第8波の到来」が新聞の見出しを

飾り始めてもいます。

 

「青天にも霹靂有り」といった

ところでしょうか。

 

めげることなく、

頑張りぬきたいところです。

 

よろしくお願い致します。

 

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