1492年「クリストファー・コロンブスさん」が、

長い航海の末に10月のこの頃「カリブ諸島」に

辿り着き、「新大陸」を発見した記念日です。

 

「コロンブスさん」については、

出航する前の、強欲な諸条件の提示により、

「ポルトガル王国」からは出資を断られたり

新大陸の発見後の「現地先住インデァンの大虐殺」など

「徹底した抑圧政策」には

強い批判の声も浴びせられていますが、

 

広大な「大西洋を西進してアジアに到る」航路を辿り、

「新大陸の発見」に到ったという偉業を為した事実には

異論をはさむ余地は有りません。

 

この偉業を機に、「大航海時代」が始まります。

 

かなりのいい加減さは有りますが、

「ポルトガルとスペイン」との間では、

1494年には「トルデシャリス条約」、

1529年には「サラゴサ条約」が結ばれ、

世界を二分する「植民地の獲得競争」が始まります。

 

例外が多々有りますが、内容は、

ほぼ「南北アメリカ大陸」は「スペインが優先権」を持ち、

ほぼ「アフリカ、アジア地域」は「ポルトガルが優先権」を

持つ、というものでした。

 

先述しましたが、「新大陸の発見」と言っても、

あくまでも「ヨーロッパ人」本位のものであり、

現地の人々にとっての善悪は定かなものでは

有りません。

 

こちらにも「他の逸話からの創作である」という

指摘も有りますが、

今も良く耳にする逸話に

「コロンブスの卵」が有ります。

 

「コロンブスの新大陸の発見」を祝しての式典の最中、

「西へ向けて航海すれば、誰でもできた発見だ」という

声が会場から聞こえた時、

「コロンブスさん」が、生卵を取り寄せ、

「人のした後では造作もないことです。

どなたか、この卵を立てて見て下さい」と言い、

何人もが挑みましたが、誰も立てることができません

でした。

 

そこで「コロンブスさん」は、「見ててください」と

言いながら、卵の先を軽くつぶし、机の上に卵を

簡単に立てました。

 

会場からは「そんなことをすれば誰でも立てられる」

という声が聞こえましたが、

「コロンブスさん」は

「誰でもできることでも、初めて実行することは

至難であり、柔軟な発想力、逆転の発想が必要です」

と指摘したというものです。

 

あれほどの偉業を成し遂げながら、

晩年まで、功罪半ばする評価の中で過ごした

「コロンブスさん」です。

 

新大陸の名称も「アメリゴ・ベスピッチさん」からの

「アメリカ大陸」と呼称されての

現在ですが、

生涯を通じての「桁外れのフィールドの広さ」には、

羨望を含め、驚嘆、畏敬の念を禁じ得ない

ものが有ります。

我家の“リオ君”ですが、

我家の「家の中」と「庭、裏庭」の

かなり隅々まで

把握してしまっているようです。

 

キッチン、風呂場、居間、じっちゃんの部屋

については、

箪笥や収納棚の隅々まで、

何が何処に有るか

すっかり頭に入っているようです。

 

庭についても、

「作業用具」の収納庫、

“リオ君”の三輪車、自転車?の

駐車場所周辺など、

しっかり頭に入っています。

 

お蔭様で

「草むしり」や「剪定」、

「食器洗い」や「お料理のお手伝い」など

早くも「戦力化」しつつあります。

 

未だ、「お料理のお手伝い」の後の

「周囲のびたびた」や、

「草むしり」の後の「雑草の散らかり」など

二度手間は付き物ですが、

お手伝いしてくれる

嬉しさが勝ります。

 

「有難う」の

“リオ君”です。

名古屋の中心部、

「栄、錦」のお店から、

「ご挨拶状」のご相談が

入っています。

 

それぞれに、

工夫を凝らして作られますが、

「用紙」の選定で

随分「個性やおしゃれ感」が

変わります。

 

折角の「コロナ」を乗り越えての

久方ぶりの「ご挨拶状」です。

 

ご期待に沿えますよう

ご相談に乗りたい気持ちです。

 

よろしくお願い致します。

 

アンクリエイト