1980年(昭和55年)、「世界観光機関」により

制定された「観光に関する国際デー」です。

1970年9月27日に「世界観光機関憲章」が

採択されたことを記念しています。

 

「観光」という言葉の意味ですが、

一般的には「人々が気晴らしや休息並びに見聞を

広めるために、日常の生活では体験することのない

文化や自然に接する余暇活動の全般」を

指しているとされています。

 

日本で「観光」と言う文言が初めて使われたのは

何時かということですが、

江戸幕府の末期、「ペリー提督の来航」を受け、

アメリカへ条約の締結に向かった使節団を

乗せた船に「観光丸」という名前を付けたのが

始まりとされています。

 

もともと「観光」という言葉は、中国の言葉に有る

「観国の光」から来ており、「国の光を観る」という

ところから「他国へ行き、良い点を観て、学んで来る」

という意味を持った言葉です。

 

時々、思う事ですが、現代人の行動範囲は

飛行機など「交通手段の進歩」により、

飛躍的に拡大してきているのではとおもいますが、

 

一方では、アフリカの地溝帯に誕生した人類の

祖先様が、遥々、ベーリング海峡を渡り、

北米大陸から、アメリカ大陸の南端まで居住し、

又、広大な太平洋や大西洋の島々にまで

住居を構えているところには、驚嘆させられて

しまいます。

 

改めて“観光”とは何ぞや、と思います。

「客観的に物を観よ」と諭されたことがありますが、

面白いもので「自分の立ち位置を変える」だけで

見える風景も全く違ったものに見えることは

良く知られても居り、体験もしています。

 

私は、囲碁を楽しんでいる者の一人です。

兎角、極小な局面にのみ気を取られ、

次の着手に窮してしまう場面にも良く立ち至ります。

 

そんな時、「岡目八目」という言葉も有りますが、

盤面を立ち上がって高所から俯瞰したり、

相手方の方向から盤面を見てみると、

全く斬新な着想の湧くことは珍しくありません。

 

こんなところにも「観光」の目的とするところと

共通するものが有るのではとも思います。

 

“観光”も、日々の平々にして凡なる生活を

時折は俯瞰して見たり、幸せを確認する為に

無くてはならないもののように思います。

 

「コロナ騒動」も3年目です。

気兼ねの無い「生活圏の在り方」が

切望されるところです。

我家の“リオ君”は

「水族館」と「動物園」が

大好きです。

 

昨日は「名古屋港水族館」で

「イルカショー」を見て

大喜びです。

 

行き帰りは、

電車、地下鉄を利用していますが、

回りの乗客の皆さんには

気を使って頂き、

益々、電車と地下鉄が

大好きになってしまいました。

 

「お昼寝」も

出来ませんでしたので、

夕方、5時には「楽しい夢の中」

でした。

 

真夜中に、

口が渇き、

お腹が空いて

臨時の夕食でした。

 

小さなおにぎりを

むしゃむしゃ食べて、

今度は朝まで

グッスリです。

 

今のままで、

元気に育ってほしい

“リオ君”です。

「喪中ハガキ」のご用命を

頂き始めました。

 

昨日のニュースでは「池永投手の訃報」が

報道されていました。

今年も、「喪中ハガキ」が始まりますと、

「あれよあれよ」と言う間に、

年末、お正月を迎えます。

 

ご来店頂けた

お客様に喜んで頂けますよう

頑張りたいと思います。

 

よろしくお願い致します。

 

アンクリエイト