1991年に、漫画家「畑田国男さん」が
制定した記念日です。
「スポーツ界や芸能界で功績を残し、活躍する
女性の多くが妹である」ということで
「おとめ座の中間日の前日である9月6日」を
“妹の日”としたということです。
正確な統計上の確認はしていませんが、
生まれた順番、位置づけで性格的な特徴や
イメージも変わって来ます。
一人っ子、兄、長兄、次兄、三男、四男、
弟、末弟、姉、長姉、妹、末娘、末っ子等、
それぞれに呼びならわされて来ていますが、
存在感を感じさせる筆頭は「長兄、長姉」ではと
思います。
いずれも、親に何かある時には、親代わりをも
努めるという「しっかり者(真反対の例外も
多々あります。)」というイメージで、
「親の言葉には反論しても、兄、姉の言葉には
一も二も無く従う」というほどの兄弟姉妹の中での
存在感を示していることも多いと思います。
一方、「弟、妹」という呼び名には、
年上の人からの言葉が多く、
「可愛さ、愛おしさ、頼りなさ」など、
「情け、人情」を伴う事が多いように
思います。
日本では、万葉の時代から、
「妹」と言えば、「兄弟としての妹」だけでなく、
「妻で有ったり、恋人で有ったり」したものです。
この「妹」に対しては「背の君」、「夫の君」、
「兄の君」等の言葉が有ります。
いずれも、敵対者や危険な場面で、「妹や幼子」
など、弱者を抱きかかえて、身を伏せて
守ろうとする姿勢を語源としています。
この点では、海外では、弱者を背後に、
自分が敵対者に対し前面に立って戦うという
スタイルとは基本的に異なっており、
「日本人の独自性」を表現している言葉の
一つでも有ります。
私の場合は、男ばかりの三人兄弟で、「妹」を
持った経験は有りませんが、私の「母」は、
「兄、母、妹」の三人兄弟姉妹で、100才が
近づく今でも「妹」とは頻繁に行き来しています。
(兄は、戦争で結核を患い、結婚はしましたが、
昭和20年代に、遺児を残し、亡くなっています)
ですので、「母」は、妹でも有り、姉でも有った
訳です。
何度も、良く聞かされた話ですが、
「亡くなったお兄ちゃん」は、小学生のころから
ずば抜けて「良くできた」お兄ちゃんだったとの
ことで、
卒業式の答辞を始め、生徒が表彰される時には、
いつも代表で表彰されていた小学生だったとの
ことです。
それに引き替え、下の二人の姉妹は、「決して、
出来ない方では無かったとのことですが、」
桑子先生と言う女の先生に「K松君の妹にしては」と
いつも比較され、驚かれていたという話を
母と妹のそれぞれから聞かされたものです。
その話をする時には、二人とも、何とも嬉しそうな
表情になっていたものです。
その「兄」が残した「遺児である従兄弟」に対しては
半分、自分の子供のように接しており、
私達三人兄弟に、従兄弟が一人加わったような
育ち方をしたものです。
それも有ってと思いますが、
未だに、もう50年を超しますが、
毎週土曜日には、
その従兄弟を含めた四人で「烏鷺」を
闘わせています。
有り難いことだと
思います。
我家の“リオ君”は
一人っ子です。
パパとママの事情で
離婚していますので、
パパとは、Lineのやり取りは
何時でもできますが、
直に遊べるのは月に一度だけです。
“リオ君”の口からは
「パパとママとリオちゃんと
…」の言葉がしょっちゅう
出てきます。
パパもママも(じっちゃん)も
可愛くてしょうがない
“リオ君”です。
近くに住む、
従兄弟の「Rちゃん、T生くん」と
いつまでも仲良く
過ごして欲しいものです。
みーんな「リオ君、応援団」です。
台風11号の影響でしょうか、
強い突風が吹いたり、
突如、強い雨が降ったり、
急に、強い日差しが指したり、
訳の判らない、油断のならない
天気です。
新発売の「製品カタログ」の
ご相談を頂いています。
「安心、信頼、高性能、手厚いアフター」
が売り物です。
真摯な姿勢に
好感の持たれる企業様です。
損得抜きで、
力一杯の仕事をしたいと
思います。
よろしくお願い
致します。
アンクリエイト

