昭和42年に「日本宝くじ協会」が

制定した記念日です。

 

目的は「当選している抽選券の引換え漏れ

を減らしましょう」ということで、

この記念日には、「もう一度手元の“宝くじ”の

抽選番号を見直しましょう」というものです。

 

世間の「宝くじフィーバー」はなかなかのものの

ようで、「サマージャンボ」、「年末ジャンボ」等は

毎年の風物詩にもなるほどですし、

「ロト」等は、手軽で、その場で確認できると

人気を呼んでいるようですが、私的には、

もう一つ関心が持てません。

 

購買した市町村にその利益は還元されるという

「公共性」も判りますが、購買意欲には

もう一つ結びつきません。

何度か買ったことは有りますが、どこで、

何時ごろの事か定かなものでは有りません。

 

昔から「富くじ」、「勝札」等、手を換え、

名を換え、「庶民の浮遊金」を掻き集める

手段として発行されて来たものですが、

「私の性(しょう)には合いそうにない」ものの

一つです。

 

幼少の頃の、岡崎公園で有った「オートバイ競争」、

先生や親の目を盗んで通った、高校、学生時代の

「パチンコ」、「麻雀」、伯父に連れられての「競艇」、

成人してからの「名古屋競馬場」、香港、マカオへ

旅行した折の「マカオのカジノ」など、

これといって大損をしたという経験も有りませんが、

大儲けをできたという経験も有りません。

 

ほとんどが「モトが取れたか、どうか」というところで

一日が終わってしまったように思います。

「博才(ばくさい)は無く、何事も中途半端」という

私の信条では、深入りのしようも無いように

思います。

 

一方では、「賭け事で身を持ち崩した」などという

話は何度も耳にしたことが有ります。

 

昔から「酒と女と賭け事」と言えば、

「男の三悪」とし指摘され続けている言葉です。

 

いずれも、「歯止め、自己コントロール」が

きかなくなってしまう可能性を持ったものです。

 

個人としては「一攫千金」を人生設計の中に

組み込むことの「危うさ」の熟知が必要ですし、

公的な錬金手段として「射幸心」を煽る方向への

傾斜には「国家の荒廃」を想定するまでの

覚悟と慎重さが求められるのではと思います。

我家の“リオ君”は

「グー、チョキ、パー」の

じゃんけん遊びができるように

なりました。

 

NHKで放送されている

「ピタゴラスイッチ」の中の

「じゃんけん当てクイズ」も

大好きで、

回りの大人よりも

上手に当ててしまいます。

 

ママは、今度は

「アンパンマンカード」で

「神経衰弱遊び」を

予定していますが、

 

すぐにできてしまいそうな

“リオ君”です。

 

楽しみが一杯増えそうな

“リオ君”です。

昨日は「化粧箱」と「商品シール」の

打ち合わせが入念にできました。

 

化粧品の魅力のアピールの前に、

「成分表示」、「取扱い上の注意」など、

安全で正しい使い方をしていただけますよう

四方八方からの検討が

なされました。

 

折角の「新発売の化粧品」です。

 

持てる力を100%使いこなして

頂けますよう一緒に知恵を絞ります。

 

今日もよろしく

お願い致します。

 

アンクリエイト