昭和61年(1986年)に「国土交通省」が
「道路の意義、重要性に対する国民の
関心を高める」ことを目的に制定した
記念日です。
由来は、大正9年(1920年)8月10日、
日本で初の近代的な道路整備計画である
「第一次道路改良計画」が制定され
スタートしたことを記念したものです。
“道路、道”には、大きく分けて
・「道路法」に基づく「一般道」、
こちらには「国道、県道、市町村道」が
有ります。
もう一つは、
・「土地改良法」に基づく「農道」です。
こちらは「あぜ道、農免農道、広域農道など」
が有ります。
今でこそ、ほぼ全国隈なく、山間部や
山の頂上まで舗装された道路が当たり前のように
整備されていますが、
大正時代の陸上の交通の主役は
①自分の足、②牛、馬の曳く車、③人力車が
行きかう中に④番目として自動車が登場して
時代です。
私の中での「道作り」は、祖母と一緒にした
「田んぼのあぜ道の草刈り」です。
田んぼと田んぼの間に、50センチ位の幅で、
あぜ道が有りました。
一面、雑草に覆われ、それを鎌を片手に、端(はじ)
から端まで刈り込む作業です。
蛙や蛇も登場しますし、鎌を操りますので
ケガをしないように注意も必要です。
「速いねー」とか「じょうずだね~」とか
褒められ、しばらくは、気分よく、得意になって
進みますが、進んでも進んでも、根負けしてしまうほど
端っこが近づいて来ません。
いつの間にか、腰も曲がってしまい、
子どもながらに「ヤレヤレッ」の声の出る頃
端っこに辿りつきます。
これを数回繰り返すと、一休みです。
近くの小川の“湧き水の所(清水)”には
「西瓜(すいか)」が冷やしてあります。
祖母が「美味いよ、もっと食べなさい」と
けしかけて来ます。
「頑張ったね、もうひと頑張りだよ」との
声で、隣の田んぼのあぜ道の草刈りです。
両方終わると、「お昼」です。
「梅干しとおかかのおにぎり」、「沢庵」、
「冷たく冷えたお茶」、「西瓜」、「砂糖の木」
など、片っ端からたいらげます。
えらい思いをさせてもらいましたが、
ニコニコの祖母の笑顔も有り、
又やりたい気持ちで、家路につきます。
道路の維持、整備の大変さを実感することの
できた体験でも有りました。
又、今や「東京から名古屋間を40分」という
「リニア新幹線」の工事も着工されていますが、
「大正、明治期以前の道路」を思いますと
驚嘆させられることばかりです。
「日本全国からのお伊勢参り」、「西行さんや
芭蕉さんの全国行脚」等もそうですが、
江戸時代末期、薩摩から「島津久光さん」の一行が
「重たい大砲」を引っ張りながら、兵士は鉄砲を
担いで、遥々、京都まで歩いてきたという逸話には
感心を通り越すほどのものが有ります。
今年も、北陸から東北地方にかけての「線状洪水帯」に
よる大雨で、主要な生活道路が寸断されるニュースが
テレビで報道されています。
元々の地形や地質、地勢に沿っての工作物作りが
先々の「保守、維持」のためには要(かなめ)になる
という原則と、道路を利用する一人一人のモラルの
高揚こそ必要なもののように思われるところです。
我家の“リオ君”と
じっちゃんのコンビで
安城市内の遊園地の
三分の二くらいは
制覇しているような
気がします。
三キロくらいまでは
「三輪車」と「ペダルの無い自転車」です。
それを超すところへは
「じっちゃん自転車」です。
十五キロくらいの所でしたら、
「平っちゃら」です。
一部、豊田市、碧南市、高浜市、刈谷市にも
はみ出しますが、
どこまででも行けてしまいます。
一度通った道は
“リオ君”は、
良く覚えています。
行く方向を指図したり、
以前、目にした車やモノや
風景を説明してももらえます。
毎回、初めての新鮮な
気持ちに触れさせてもらえる
「リオ君」に感謝です。
今日も暑くなりそうです。
お客様の笑顔が
頂けますよう
頑張ります。
今日もよろしく
お願い致します。
アンクリエイト

