1988年(昭和63年)に「日本ペンクラブ」が
制定した記念日です。
由来は、俳人「松尾芭蕉さん」が46歳の
旧暦では元禄2年3月27日(新暦1689年5月17日)、
「西行法師の500回忌」に因み、
門人の「河合曽良さん」を伴って、東北から
北陸を廻る「旅」に江戸を出発した日とされて
います。
因みにですが、元禄2年はうるう年であり、
閏の1月が有りましたので、1月が1年に2回
有った年です。
「芭蕉さん一行」の旅は、3月27日に江戸を
出発し、9月3日に美濃の国「大垣」へ到着する
までの「161に日間」、「行程 2700km」に
及ぶものとされています。
時の将軍は「徳川綱吉公」で、
治安は安定し、元禄文化の華開いていたころです。
「芭蕉さん」が江戸へ帰り着いたのは、
更に2年後の「元禄4年」のことでしたが、
後に、俳句、紀行文の代表的作品とも賞賛される
「おくのほそ道(奥の細道)」で取り上げられている
範囲は「大垣まで」とされています。
「月日は百代の過客にして、
行きかふ年もまた旅人なり…」で始まる
「おくのほそ道」は余りにも有名ですが、
出版刊行につきましては、
推敲に推敲を重ねる中、
元禄7年(1694年)に「芭蕉さん」は
亡くなってしまいますので、
いくつかの「何々本」が存在することに
なりましたが、
元禄15年(1702年)に、京都の「井筒屋」から
「西村本」を基に出版刊行され
一気に世間に知られることになります。
「西行さん」、「芭蕉さん」それぞれ魅力充分な
存在感を示し続けて頂いていますが、
古くは「三蔵法師さん」や「阿倍仲麻呂さん」、
更には、洋の東西を問わず、
人間文明の進展の起爆剤には常に「異なる文化」
との触れ合いがあったように思います。
「旅」というものの持つ威力、底力に注目する
ところです。
「今ある自分を癒し、寛がせ、解放し、
新しい事物や環境を受け入れるべく、
懐を広げてくれるような作用がある」
ようにも思えます。
「芭蕉さん」が、最上川に接し、
「五月雨を あつめてはやし 最上川」と
詠んでいますが、
「大きな東北の大地と、特異なその歴史と
その地で、逞しく、明るく生きる人々の
今が目に浮かぶ」ように思います。
我家の“リオ君”の
今のママとの楽しみな
約束は、
「お母さんと一緒に電車に乗ること」
です。
近いうちには実現すると思います。
安城から名古屋、
新安城から西尾、
知立から豊田、
岡崎から豊田など、
それが過ぎたら、
豊橋から「飯田線」など、
楽しみも広がると思います。
プラレールも
上手につなげる“リオ君”です。
良かったね、
“リオ君”です。
今日は
どんなお役にたてますで
しょうか。
楽しみに
頑張ります。
よろしくお願い
致します。
アンクリエイト

