1934年(昭和9年)に当時の逓信省が
「4月20日を逓信記念日」と制定されました。
由来は、1871年4月20日(旧暦 明治4年3月1日)
それまでの「飛脚制度」に代わり、「郵便制度」が
開始されたことに因んでいます。
未だ「太政官制」で、暦も「旧暦」を採用していた
頃のことですが、「逓信司」を務めていた
「前島密さん」の「イギリス型の郵便制度の取り
入れるべき」との提案を基に新制度が形作られました。
ちなみにですが、明治6年1月1日をもって、「新暦」に
切り替わります。
また、同年には「内閣制度」も発足し、
「初代の総理大臣は、伊藤博文さん」、
「初代の逓信大臣は、榎本武揚さん」が務めます。
「逓信記念日」から「郵政記念日」への変更は、
1949年に行われた「逓信省が、郵政省と電気
通信省に分割された」ことにより、
この記念日の名称も変更されます。
その後、1959年、「逓信省」の名称の復活議案の
堤上に伴い「逓信記念日」の呼称が用いられ続けられ
ましたが、「逓信省」の呼称の復活は無く、
2001年以降「郵政記念日」の呼称に戻り、
イベントや啓発行事など執り行われて現在に至ります。
現在でこそ「簡保などの金融事業」が前面に出て
しまっている「郵便局」ですが、「飛脚制度」を引き
継いでの「日本の通信事業」を担い、発展させる
という本分に変わりは有りません。
「簡保の宿」辺りには象徴的なものが有りますが、
「金に目がくらんだり」、「狭い視野での効率化」に
泳がされ、右往左往させられて有る「日本の郵政事業」
のうわっスベリ状態が目に余ります。
「公共サービス」、「公僕」の何たるか、
そこに執務できることへの「誇りの源泉」、
この十数年余、とみに浅慮が目立ってきている
ように思えます。
少々、将来の有り様に心配が先立つ「老兵」の
気分です。
我家の“リオ君”は
「なかなかの人物です」
大概のことが、
「声量の大きさ」と
「大笑い」で吹き飛んで
しまいます。
庭先に、
息子の時からの「鯉のぼり」を
泳がせています。
夕方の収納のお手伝いには
“リオ君”は大張り切りです。
5メートルの大きな緋鯉の口には
すっぽり入ってしまいそうです。
“リオ君”が「お片づけ」に
出てくると、
猫の「アン君」もお供で
ついて来ます。
賑やかな、
「鯉のぼりのお片づけ」です。
終わると、空を見上げて
「お月様探し」です。
一番早く、大きな声で見つけるのは
いつも“リオ君”です。
もりもり「ご飯」を食べて
お風呂に入る“リオ君”です。
「明日も一杯遊べるよ、
リオ君」です。
愛知県の「陽性者数」は、
一昨日は1000人を切りましたが、
昨日は、2500人を数えてしまいました。
増え始めれば、
一触即発の兆候も見られます。
今日も、慎重に、注意深くが
必定です。
ゴールデンウィークも近づき、
「急ぎ仕事」が増えています。
お客様に喜んで頂けますよう
頑張ります。
よろしくお願い致します。
アンクリエイト

