1872年(明治5年)4月5日、東京府が
「女子の断髪禁止令」を出し、女子に髪の毛を
切ることを禁じたことを記念し、
「自由にヘアカットを行えることに感謝しましょう」
という記念日です。
そもそもこの東京府の布告には、伏線が
有ります。
前年の1871年(明治4年)のことですが、
自由な髪型を認め、推奨すべく、
太政官の布告として「散髪脱刀令」が出されて
いました。
この法令は「男性」が対象と見做されてのもの
でしたが、布告後、女性の多くが散髪をする事態が
生じ、世情の緩み、ふしだらさの蔓延を心配する
声を受け、急遽、「女子の断髪禁止令」が発令される
ことになったとのことです。
しかし、文明開化、洋装への憧憬、結髪にようする
費用の節減などから、女性、婦人からの反発が
湧き起りました。
法令の施行後は、女子が散髪しようとする時には、
事前に「散髪届」の提出、認証が必要とされ、
それに反した場合は、刑法で罰せられるという
ものでした。
余りの悪評に、明治時代の中期の刑法では
“いつのまにか”、「女子の断髪禁止令」は
消滅していたという経緯を示しています。
何時の時代も、女性の美容への関心は、
「むくつけき男ども」の想像できないほどの
ものが有りそうです。
この「コロナ禍」の中でも、「美容院、美容業界」は
健闘し、活況を呈しているという話も
良く耳にします。
先に出された「散髪脱刀令」は、髪型の自由を進める
ものであり、散髪してもしなくても「刑罰」などは
無かったものであり、女子に限っての「断髪禁止令」の
不条理さが浮き彫りになっています。
明治時代と言えども、外に有っての「男女の発言権の
格差」は歴然としたものが有りますが、
一戸一戸の家庭に入りますと、
決して一律のものでは無いように思います。
「ひげを蓄えた明治の元勲」も、
家に帰れば、口やかましい奥方の存在、
いちいちシビアな目線の娘たちに
すっかり頭を押さえられ、むしろ、手のひらの上で
コロがされている状況も目に浮かぶところです。
我家の“リオ君”は
頭のブラシが大好きです。
朝、起きてきますと、
手先足先をピッピッと
引っ張り、
手足を大きく伸ばして
しっかり目を覚まします。
一口、お茶かお水を飲み、
髪にブラシをあて、
さっぱりと整えます。
夜も、
風呂から出ると、
髪にブラシをあてて
さっぱりします。
じっちゃんの
お膝の上で作業は
進みます。
スッキリすると
気持ちがいいね
“リオ君”です。
「オミクロン株」の今、
対面での営業、接客には
気を使います。
店頭、お店回りの整頓、清潔は
疎かにはできません。
接客も、出来るだけ短時間で、
出来るだけ、一度で済むものは
一度で済ませるよう
慎重さと
スピード感を持って
臨みたいと思います。
よろしくお願い致します。
アンクリエイト

