1981年(昭和56年、たまたまですが、長男が

誕生した年です。)、東京都が「交通遺児を励ます会」

として“交通反戦大会”を開き、

この日を“交通反戦デー”とすることに決めました。

 

当時は、車の普及に比例して、交通事故、

交通死亡事故がうなぎ上りに増加しており、

中でも愛知県はそのトップをひた走っていたように

記憶しています。

 

若者の「乱暴な運転」や「暴走族」、あるいは「改造車」など

無軌道な運転による事故が多数を占めていたように

記憶しています。

「三河ナンバーには気を付けろ」等の言葉も

良く耳にしたものです。

 

車のエアコンも普及してはいませんでしたので、

窓は明け放して、タバコの吸いがらや、

食べ残しなど放り投げる輩も多く、

マナー面でもお粗末な時代だったと思います。

 

昨今は、「老人層」が、その認知能力や運動能力

の低下により引き起こしてしまう事故が増えている

ように思います。

 

スーパーやコンビニの玄関口などに飛び込んだり、

見通しの良い歩道のバス停に突っ込んでしまい

小学生を刎ねてしまったり、「免許証を返上」しておけば

未然に防げたであろう事故が多発しているように

思えます。

 

日常生活の中での必要性と本人の自覚に待つ部分が

多くを占めますが、

「パーフェクト」を期すには難しいものがあります。

 

しかし、事故が発生しますと、被害者側だけでなく

加害者側も、瞬時にして取り返しのつかない、

悲惨な状況に落とし込まれてしまいます。

 

「車と社会の共生」については、トヨタ自動車を始め、

世界の自動車会社が改善、開発に取り組んで

いますが、

その便利さの部分に偏重していたところから、

環境への適応とともに、「運転者と歩行者あるいは

双方の運転者」の“安全の確保”に

先ずは最重点が置かれますよう願いたいところです。

 

今、世界の注目を集めている「ウクライナ戦争」を

上回る死亡者数をこの日本国内だけで出している

現状です。

“交通戦争”という呼び名も大言には当たらないと

思いますし、その収束こそ「喫緊の課題」であると

思います。

我家の“リオ君”は

足歩きの自転車での散歩が

大好きです。

 

道路は、端っこの白線の内側を

上手に走ります。

辻の都度、右と左を

確かめて、「自動車は来ないかな」

「オッケー」と言葉に出して

確認します。

 

信号は、

「緑」になったら、

右と左を確かめて

発進です。

 

踏切では、

待っていた自動車が

全部渡り終えたのを

確かめて渡ります。

 

安全運転の“リオ君”ですが、

途中、飽きると

「抱っこ」をせがみます。

 

片手に自転車と飲み物などの

袋を持って、

片手で“リオ君”を

抱っこです。

 

数百メートルで

腕もくたびれてきます。

 

なかなかの

トレーニングをさせてもらえます。

 

“ありがとう、リオ君”です。

少しずつ少しずつ「陽性者」が

増えています。

 

不気味な強敵です。

 

親戚の「甥っ子一家」も

感染者を出しました。

 

2週間は閉じこもりとの

ことです。

小学生二人を抱え、

大変だと思いますが、

「空手の猛者」の甥っ子です。

 

頑張ってくれると思います。

 

名古屋の街も

微妙な雰囲気です。

 

スロットルの全開宣言は

ありません。

 

黄色の信号を

各自、恐る恐るわたっている

雰囲気です。

 

今暫くは、止むをえません。

 

今日も一日

よろしくお願い致します。

 

アンクリエイト