今日は“東北大震災”から11年、
「東電原発の廃炉処理の遅れ」等に代表される
現状を踏まえ、全国で「追悼や講演会、討論会」
などの「震災を記念しての行事やイベント」が
開催されます。
私も、11年前の今日の「現実の出来事」とは、
信じられない一日を思い起こし、衷心より、被災された
皆様へのお悔やみを表したいと思います。
記念日という意味では、「東北大震災」の影に
すっかり隠されてしまいますが、
今日は“パンダ発見記念日”でもあります。
1969年(明治2年)の今日、中国四川省の民家で
伝道中のフランス人の神父「アルマン・ダヴィドさん」が
白と黒の毛皮を見せられました。
神父はその標本を手に入れ、パリの「自然歴史博物館」ね
送り、鑑定をしてもらいました。
その翌年、「アルロポダ・メラノレウカ」という学名が
付けられました。
「アルロポダ」とは、古代ギリシャ語の「猫と足の合成語」
であり、「メラノレウカ」とは、同じく「黒と白との」という
意味とのことです。
「パンダ」という呼称は、今ではほぼ「ジャイアントパンダ」を
指しますが、もう一つの小型種である「レッサーパンダ」を
含んでの総称として使われています。
又、「パンダ」の名前の由来は、ネパール語から来ており、
「竹」を意味する「ポニヤ」から転じたとする説と
「五本の指」を意味する「パンシャ」から転じたとする説の
2種類あります。
中国では、ジャイアントパンダを「熊猫」、レッサーパンダを
「小熊猫」と呼んでいますが、台湾では、いずれも「猫熊」と
同一に表記され、中国の用法とは逆転しています。
「レッサーパンダ」の方は、中国南西部からネパール、
ヒマラヤ山麓まで広がる生息域が確認されていますが、
生息数は少なく「絶滅危惧観察種」の対象になっています。
一方、ジャイアントパンダの方は、中国国内に限られた
生息域でしか確認されていません。
こちらも「希少種」です。
日本へ「パンダ(ジャイアントパンダ)」が初めてお目見えした
のは、1972年のことです。
「角栄さんと周恩来さんとの劇的な握手画像」が当時の
新聞の一面を飾った「日中国交正常化」の「証(あかし、
シンボル)」として、前年の、アメリカへの贈呈に続き、
日本へ贈られて来ました。
上野動物園は「観覧客」で溢れ、その人気のほどは
全国的なものが有りました。
私も、その当時、神奈川県に在住していましたので、
休日を利用して、その年の内に「上野動物園」に
足を運んだものです。
現在の日本では、「上野動物園」の他に、
和歌山県の「和歌山アドベンチャーワールド」と
神戸の「神戸市立王子動物園」の合わせて
三園で飼育されています。
中でも「和歌山アドベンチャーワールド」では
13頭飼育され、最多頭数を数えています。
いずれも人気に衰えは無く、それぞれの園の
「人気ナンバーワン」として、来園客を楽しませて
くれています。
今、ユーラシア大陸の向こう側、ウクライナの地では
「東北大震災」での被災を凌駕する「人災」が猛威を
奮っています。
ブレーキの利かなくなった車に乗ってしまっている恐怖にも
共通する心持ですが、
人が人自身をコントロールできなくなってしまった時の
「知恵」の出しどころではと思います。
道端に、ガードレールに掠らせつつ減速し、
先ずは「車を止める」ことが肝要ではと
思う所です。
我家の“リオ君”は、
悪いことをした時に
しっかり「ごめんなさい」が
口にできます。
牛乳を吹きこぼして
しまったりした時、
「リオ君!」と、少し強く
言いますと、
小さな声で「ごめんなさい」が
聞こえます。
「頭を下げて、
大きな声でごめんなさいでしょ!」
と言いますと、
声を大きくして
頭を下げて、
目にうっすら涙を浮かべて
「ごめんなさい!」が
聞こえます。
それを見て、聞いてしまうと
もう充分です。
抱きしめて、
次に食べる「イチゴやプリン」を
勧めます。
もうその時には、
悪戯で、元気な
“リオ君”です。
相当、繰り返してしまいそうな
気もします。
「まんえん防止」から、
収束へと向かえるかどうかの
分岐点が今のように思います。
収束に向かえば
21日で、名古屋の「まんえん防止」も
段落します。
お客様と心を合わせる
気持ちで今日も過ごしたいと
思います。
よろしくお願い致します。
アンクリエイト
恐ろしさが現実のものとなっています。

