1914年(大正3年)3月8日、東京・上野でで

開催された「大正博覧会」の会場で、

日本初のエスカレーターが設置され、試験運転

されました。

 

この時“エスカレーター”は2基設置されました。

一つは、有料で、博覧会の第一会場となっていた

「上野山」から第二会場の「池の端」までの連絡路

として、屋外に鉄橋状の構造物を設けて作られました。

 

区間の長さは240m有り、料金は10銭でしたが、

上野東照宮の桜並木を見下ろすこともでき、

大好評を博したとのことです。

 

もう一つは、第二会場の「鉱山模型館」の館内に

15メートルの長さで設けられました。

こちらも「不忍池」を展望でき、好評だったようです。

 

同年の9月15日には、民間で初めて実用化された

“エスカレーター”が設置されました。

東京・日本橋の三越本店で、10月1日のオープンに

合わせ、運用も開始されました。

 

以降、百貨店に“エスカレーター”は

当たり前のように普及して行きますが、同時に

「おしゃれなエスカレーターガール」が昇降口に

配置され、利用客にも親しまれていた光景も

思いだされます。

 

本来“エスカレーター”とは、「人が建物の各階を

移動する目的で設置され、利用される階段状の

昇降装置」であるとされ開発されましたが、、

「徐々に、状況が変化し、増大、発展し、悪化して

行く」ことを「エスカレートする」と表現される日常の

言葉として使用されるところにまで、

日常生活に入り込んできています。

 

今では、「螺旋状のエスカレーター」もありますし、

車いすでも安全に乗り降りできる「エスカレーター」も

開発されています。

 

「事故率」は、「乗り物」の分野では低い部類に

入りますが、機械そのものの故障などによる

原因だけでなく、利用の仕方によっても危険な

状況を招くことは多くあります。

 

“エスカレーター”の幅は、二人がゆとりを持って

並べる程度のサイズで作られています。

関東から名古屋圏までは、「右側開け」が常識です。

大阪圏では「左側開け」です。

それぞれに、その習慣が定着した経緯、由来はあり

ますが、問題は、空いた所を駆け上がったり、駆け

下りたりする行為です。

 

世界標準では、必ずしも禁止されてはいないようですが、

日本では、ほとんどは「禁止の勧告」レベルです。

エスカレーターの手摺りベルトの外側へ首を突き出し

たり、靴ひもやベルト状の垂れ下がりが、エスカレー

ターの収納部分に巻き込まれそうになったり、

冷やっとする場面も時々目にします。エスカレーターの

「急停止」も予測のできるところです。

 

折角の「便利で安楽な機械装置」です。

日本方式の「安全第一」、「そんなに急いで

何処へ行く」の立ち位置を支持したいと

思うところす。

我家の“リオ君”は

未だ、一人では「エスカレーター」には

乗りません。

 

我家では、安城市の郊外の

スーパーマーケットを

ほぼ毎週利用します。

 

一階が「食料品」売り場で、

別棟には「ホームセンター」が

併設されています。

 

二階には、「百均コーナー、衣料品」に

加え、「子どもの遊具広場」と

「おもちゃ売り場」が有ります。

 

「エスカレーター」でもいけますが、

「エレベーター」が得意です。

 

理由は、エレベーターのボタンに

手が届き、ボタンを押す操作を

楽しめるところに有るようです。

 

数回は、上がったり、下りたりを

楽しんで、2階で遊ぶのが

恒例です。

 

100円でドライブのできる

「フエラーリ(リオ君語です。)」

も有り、ご機嫌です。

 

恐怖の「もう一回」は

続きますが、

一緒に嬉しくなって

しまいます。

 

それも良しの

“リオ君”です。

昨日は、新しく発売する

「化粧水」の壜に貼るシールと

化粧箱の打ち合わせで

一日を使ってしまいました。

 

これから、校正、色校と続きますが、

仕上がりが楽しみな

毎日になりそうです。

 

塾やクリニックさんなどの

身分証や診察カードなどに

「合成紙」が多く使われだしている

ように思います。

 

「持続可能な社会」の実現には

大賛成です。

 

使用する素材にまで

慎重を期しつつ

お客様との

ご相談を

充実させたいと思います。

 

今日もよろしく

お願い致します。

 

アンクリエイト