1988年(昭和63年)に岐阜県の土岐市が

制定した記念日です。

 

由来は、1599年(慶長4年)、京都の伏見で

「古田織部さん」が「茶会」を開き、初めて「織部」の

名前が登場したとされることによります。

 

「古田織部さん」は、「千利休さん」切腹の後を受けて、

豊臣秀吉の「茶頭」を務めていました。

上記の茶会を開いた慶長4年には「秀吉さん」は亡く

なっており、世情不安な時勢でしたが、幼い「秀頼君」を

豊臣政権のトップに頂く形で、「古田織部さん」も

「茶頭」の役目を引き続き努めていました。

 

“織部焼”と言えば、深い緑の「青織部」が頭に浮かび

ますが、黒や赤も有る、「美濃焼の一種類」です。

「志野焼」に続いて出てきたものとのことですが、

中国南部の焼き物の影響を多分に取り入れた

もののようで、京都の「唐物屋」で、「唐物」として

売り捌かれた形跡も有ります。

 

余談ですが、当時に有っては「唐物」は、「高級品、

貴重品」というイメージが有ったという背景が有ります。

 

私も「織部」は、好きな焼き物の一つです。

ざっくりとして、シンプルで、どこか不器用にも見える

「素朴さ」が感じられます。

 

瀬戸から多治見、土岐、瑞浪に掛けての、

陶器に掛けては、日本の背骨にもあたる地域を

ひがな一日、辺めぐるのは私の楽しみの一つです。

自然の景観も含め、何か心休まるものが有ります。

 

地元、安城の「饅頭」を頬張り、飾り気のない

「織部の茶碗」で抹茶を一幅出来れば、

それは至福のひと時でも有ります。

 

今日も、先人の知恵と偉業に

感謝したいと思います。

我家の“リオ君”の

大好きで、得意な歌は

「大きなのっぽの古時計」です。

 

私の「オルガン」と

“リオ君”の「ピアノと歌」で

大合奏です。

 

何回も続く「アンコール」です。

 

私にとっては、どうしても、

歌詞の中の「今はもう動かない」の

部分が印象に残り、

ついつい「ほろり」として来てしまいます。

 

良い歌で、

益々、“リオ君”が

大好きになってしまいます。

 

「ありがとう、ありがとう」の

“リオ君”です。

もう2月も最終日です。

 

昨日、3回目の接種を済ませました。

今日になって、注射跡に痛みが出てきて

いますが、

大した痛みでは有りません。

 

二月にしっかりと区切りをつけ

「仕事を追いかけたい」ものと

思います。

 

お蔭様で、

「ホームページからのお問い合わせ」も

定着しだしてきたように

思います。

 

今日も一日、

楽しみに頑張ります。

 

よろしくお願い致します。

 

アンクリエイト