1887年(明治20年)2月8日、当時の逓信省が

「今より、“T”字形を以て本省全般の徽章とする」と

告示したことによります。

 

この時の「丁」は、「甲乙平丁」の「丁(てい)」から図案化

したとされていますが、当時、アルファベッドの「T」の

マークは、国際的には、「料金不足のマーク」として

認知されていたため、これと紛らわしく、

一週間後の2月14日には、急遽、“〒”に変更し、

2月19日の官報に“〒”が正しいものとの訂正告示を

し、以降、現在に至ります。

 

こちらは、「カタカナのテ」を図案化したものです。

親しみやすいデザインで、女性にも人気のある

マークとされています。

 

今では耳慣れない官庁名である「逓信省」ですが、

こちらは、1885年(明治18年)の初代「伊藤博文内閣」

で設立され、「通信及び交通運輸の行政を統括する官庁」として

第二次大戦時の政府の臨時体制時を除き、

1949年(昭和24年)まで続いた省庁です。

 

ちなみに、初代の逓信大臣は「榎本武揚さん」です。

又、この「伊藤内閣」が誕生するまでは、

1871年(明治4年)の「廃藩置県」に伴って、

長州の「木戸孝充さん」、薩摩の「西郷隆盛さん」、

土佐の「板垣退助さん」、肥前の「大隈重信さん」の

4名が、明治天皇の御前で毎日行う「合議」を以て

「国政」を運用するという「参議制度」が採用されて

いました。

メンバーや員数の変更をしつつ、「伊藤内閣」の発足まで

続きました。

 

ごくごく近年に到り、「小泉内閣」で、「郵政の民営化」が

図られ、今は、株式会社となっていますが、

私などでも、「郵便局の簡易保険」辺りは、10口以上

掛け続けていた、貯蓄と安心の拠り所のように

受け止めていた制度でした。

 

「国鉄も民営化」、「通信網も民営化」され、効率の追求

の姿勢は顕著に表れていますが、何事にも

功罪は有り、ともすれば、マイナスの部分が、

弱者や過疎の地域にとっては、死活を問うレベルまでの

負担を生んでしまう事も有り、憲法論議にも問われる

ことですが、「盛者、強者の傲慢を規制する」歯止めの

役割をも「行政担当者」は持つことの意味を

もう一度確認すべきではと思います。

 

「榎本武揚さん」が存命ならば、今の逓信の有り方を

見て、どんな言葉を以て、リードして頂けますか、

興味津々たるところです。

我家の“リオ君”の

ミニカーに「郵便車」が

有ります。

 

消防車とよく似ていますが、

〒マークが付いていて、

消防車より少し

小さいワゴン車です。

 

“リオ君”のパン屋さんでは、

お届けに「郵便車」を

使います。

 

「いらっしゃいませ」

「こんにちわ」の

可愛い声で

パン屋さんは

今日も大盛況です。

当店のモットーは

“いいモノづくり”です。

 

“いいモノ”とは???

 

限界はありません。

 

厳しい昨今ですが、

やりがい、拠り所とする

ところです。

 

今日も、お客様の笑顔を

拝見できますよう、

頑張ります。

 

よろしくお願い致します。

 

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