1924年(大正13年)1月18日(余談ですが、
私の母の誕生日です。)、前年9月に起きた
「関東大震災」で大きな被害を受けてしまった
路面電車の応急対策として「巣鴨~東京駅と
中渋谷~東京駅間」で初めて都(市)バスの運行が
開始されたことを記念しています。
東京市営の乗合バスで、停留所で切符を販売する
形を取っていました。
車輌は「T型フォードに木製の骨組みの車体で11人乗り」
のものでした。
愛称は、以前から運行されていた「乗合馬車」の愛称で
あった「円太郎バス」と呼ばれ、引き継がれました。
又、当時既に民間の「東京乗合バス」の運行がされており、
「青バス」と呼ばれ、若い女性の車掌を乗車させて
いました。制服の襟の色に因み「白襟嬢」と呼ばれ、
人気を博していました。
市(都)営バスの方でも、これに対抗し、若い女性車掌を
乗車させました。こちらの制服の襟は「赤」でしたので
「赤襟嬢」と呼ばれ、親しまれました。
その後は、戦争も挟み、離合集散も繰り返しつつ、
都の交通の要として発展を続けましたが、
地下鉄を筆頭とする交通網の整備進捗により
「乗合バス」の位置づけは、「観光、行楽、観劇」などを
目的としたものに特化して行きました。
戦後の歌謡曲などにも歌われ、東京観光には
欠かせないほどの位置づけもされたものです。
「島倉千代子さん、コロンビア・ローズさん姉妹」など
懐かしい歌声が思い浮かびます。
私も、子どもたちの幼少の頃、神奈川県の
湯河原町に住んでいたこともあり、何度か
休日には、子どもたちと一緒にお世話に
なったものです。。
女性ガイドさんのリードで、その都度、一日を
楽しませてもらいました。
愛知県から「おふくろ」が遊びに来た時にも、
お世話になりました。
一通りのルートが設定されていますし、多勢の
他のお客様たちとの団体行動でもありますので、
半分、遠足気分も味わえ、後後まで、良く話題に
もしてくれる材料になりました。
ありがたい気持ちです。
この20年有余は、ご無沙汰してしまっていますが、
折りを見て、又、お世話になってみたい気分です。
今日は“都バスの日”ですが、「母の誕生日」でも
あります。
後2年で100才です。
15年ほど前、階段から転げ落ち、骨折してしまって
以来は「車いす」の不便な生活ですが、
私達3兄弟、7人の孫、14人のひ孫まで、全力で
可愛がり、慈しんで育ててくれました。
皆がその愛情を感じ、受け止めています。
「母」は不思議な人でもありました。
「母」の行くところ、猫や犬も付かず離れず
付いて歩きます。
何ともユニークな、珍しい光景が現出した
ものです。
「都バス」にも「母」にも“大感謝”です。
我家の“リオ君”も
「ワンワン」や「にゃんにゃん」、
「鹿さん」、「鯉さん」など
大好きです。
不思議なもので、
こちらが大好きな相手は、
相手も「大好きなのでは?」と
思わせられる態度で
返してもらえます。
本当に勉強になります。
“ありがとう、リオ君”です。
東海3県も「まん延防止条例」の
発令になりそうな雲行きです。
今回の私達には、
2年に及ぶ経験があります。
経験を生かし、
智慧を働かせ、
力を合わせるべきところは
力を合わせ、
根負けすることなく
立ち向かうしかありません。
一緒に「頑張ろう」精神です。
よろしくお願い致します。
アンクリエイト

