1995年(平成7年)1月17日、未曽有の被害を
記録した「阪神大震災」で、ボランティアによる
“おむすびの炊き出し”をしたことを、
「人と人との結びつき、助け合い、絆」の象徴として
記念しようとの趣旨により記念した記念日です。
これとは別に“おにぎりの日”は、それよりも
前から6月18日を記念日として定められています。
こちらは、石川県の弥生時代の遺蹟で日本最古の
「おにぎりの化石」が発見されたことを記念しています。
「おむすび」と「おにぎり」に、学術的な決定的な
差は無いようです。
いずれも、米作の始まった「弥生時代の中~後期」には
日本の各地で食されていたようです。
“おむすび”の神様も有ります。
古事記に「髙御産巣日神(たかみむすびのかみ)」という
農産業の神様が記録されています。
戦いや農作業の折の「携帯食料」としてだけでなく
「神前へのお供え物」としても供されたもののようです。
“おむすび”の語源のルーツではとの推測もされている
ところです。
地方や地域でそれぞれに呼び方は違いますが、
大まかなイメージですが、
“おむすび”の方が、“おにぎり”よりも
お上品な呼ばれ方という程度の違いではと
思います。
平安時代あたりの貴族の女性は“おむすび”と
呼んだようです。庶民の間では“おにぎり”が
まかり通っていたようです。
母を「母上、お母様」、父を「父上、お父様」、
と言うのと、
母を「おかあちゃん、おっかあ、おふくろ」、
父を「おとうちゃん、
おっとぉ、おやじ」と呼びならわす程度の
違いではと思います。
どちらも愛着や親しみを持つ、好感の持てる
呼び方ではと思います。
少なくとも「くそばばあ」とか「くそじじい」と言った
ように悪意の含まれるものでは有りません。
それだけ誰にでも愛され、重宝され続けている
食物だということが証明されているように
思います。
一汗かいた後、沢庵を齧りながらの「おにぎり」は
格別のものがあります。
まして、先般の年末にも「困窮者への炊き出し」が
有りましたが、偶々、同じ時代に人生という旅をする
もの同士、“おにぎり”と“暖かいみそ汁(豚汁)”には
体の芯からの元気を与えあえる素材ではと
受け止めています。
天然の大災害「阪神大震災」から、既に20有余年、
人災として未曽有の「太平洋戦争」からは、もう
70有余年になります。
戦争を直接経験した世代は、もう残りわずかな
状況です。
映像技術なども発達した現代です。
生の映像や、音声なども駆使し、
色褪せぬ現場の状況を後々まで、
伝え続けることの必要性を痛感するところです。
我家の“リオ君”ですが、
最近、「怖さ、危険」を
認識しだしたように見えます。
以前は、かなり急な「スベリ台」や
かご型では無い「ブランコ」でも
平気で遊んでいましたが、
最近は「怖いッ」という言葉が出て、
急な「スベリ台」では
安全なルートを探すように
なりました。
ペダル無しの自転車でも、
交差する道路の手前で、
右と左の自動車を確かめ
「OK」の確認を励行します。
日に日に変わる“リオ君”
の成長ぶりには
驚かされます。
“コロナの第六波”があなどれません。
「今度こそ」の意気込みで、
お正月明けを期して、
準備をしてきた事業者さんも
出端ですが、一歩踏みとどまっての
熟慮です。
“おむすび精神”が
社会として試される時の
ようにも思います。
本日のよろしく
お願い致します。
アンクリエイト

