公益財団法人 日本棋院が提唱する
記念日です。
毎年、日本棋院では、「打ち初め式」が
行われます。
全国の、碁会所などでも、今日を「打ち初め」として
開所するところが多いようです。
“囲碁”と言えば、“将棋”と並んで、
伝統的なゲームとして親しまれて来ていますが、
元々の起源は「中国」にあります。
紀元前の「春秋時代」には、既に行われていた記録が
残されています。
但し、現在のルールとは少し違っていたようで、
17路盤を使用し、盤面に石を多く残した方が勝者と
なっていたようです。
日本には、仏教の伝来と歩調を合わせて
伝わって来たもののようです。
平安時代には、「紫式部さん」や「清少納言さん」なども
嗜んだ様子が有り、寺社や貴族階級の嗜みの
一つにもなっていたようです。
日本で、急速に「囲碁の技量」が向上したのは、
戦国時代、「織田信長さん」の引き立てを得て以降、
江戸時代の「お城碁」の制度の確立により、
「本因坊家」等、専業の研鑽道場が登場し、
切磋琢磨を繰り広げたことが大きく寄与している
とされています。
現代では、漫画「ヒカルの碁」の大ブームで
青少年層にも普及を広げ、「井山名人」の登場も
有り、安定した人気を確保しているように思います。
「将棋界」では、“藤井聡汰君”の登場で、
特に、愛知県では地元フィーバーも巻き起こして
いる状況ですが、「囲碁界」にも、スーパースターの
出現の待たれるところです。
私の場合は、父親の影響が強くあったと
思いますが、記憶も定かではありませんが、
何時の頃からか、兄弟や従兄弟で碁盤に石を
並べ「五目並べ」でしょっちゅう遊んでいたと
記憶しています。
小学校も高学年になってくると、囲碁、将棋に
変わっていたように思います。
兎に角、奥が深く、飽きの来ることのない
「趣味」です。
腕前の方は、自称「2段」で打っていますが、
この50年ほど変わっていないのも嬉しい気持ちです。
やはり、自己流のせいではと思います。
石の一つも死なせたくありませんし、
敵の大石の全滅を常に狙ってしまいます。
また、広大な19路に石を置き始める“布石”から
“序盤”には、世界が広大過ぎて、自信が持てません。
毎週の日曜日には、NHKの「週刊囲碁」を欠かさずに
見ていますし、百冊を超す、囲碁雑誌も読破していますが、
変わりません。
面白いのは、二つ違いの兄がいますが、50年以上に
亘って、変わらぬ「碁敵(ごがたき)」であるということです。
兄は兄なりに研鑽を積んでいる様子は伺えます。
しかし、私との立ち位置に変わるところは有りません。
弟は、全くレベルが違います。
学生時代を“囲碁部”で過ごした経験が有り、
私達に“4子~5子”で毎週対峙しています。
通常「6~7段」で、各所で打っています。
やはり、正しい基本を身に着けたかどうかが
大きな差につながっている物と思います。
この兄弟に、従兄弟を交えて、
ほぼ毎週の土曜日には「烏鷺を戦わせて」います。
足腰の立たなくなるまで続きそうな
気がします。
有り難い趣味に巡り合えたものと
今は亡き父に“感謝”です。
感謝ばかりで、何のお返しもできていませんが
ご容赦願うばかりです。
今年も、頑張ろうの原動力です。
我家の“リオ君”は
今年も元気いっぱいです。
近所の“八幡さん”へ、
初詣もしました。
しっかりと「柏手」も打ち、
ミカンを頂いて帰りました。
我家の「宝物」です。
今年もよろしくお願い致します。
