1990年、東京銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」が
閉店したことに因んで制定されたようです。
そもそも“シャンソン”と聞いて頭に思い浮かんで
来るのは、越路吹雪さん、森繁久弥さん、美輪明宏さん、
加藤登紀子さん辺りの顔と、如何にも、我々、
日本人庶民の持つ泥臭さとはかけ離れた、オシャレ感のある
雰囲気で、何ともいい感じではあるものの、
「みそ汁」と「フランス料理のスープ」との違いと言いますか、
自分には何か不似合なものを感じさせられる
面白くも微妙な存在のものだと思います。
“シャンソン”とは、フランス語の世俗的な歌詞による
歌曲の総称ということですので、
言葉を換えれば、フランスの「歌謡曲」と言えると
思います。
主に「物語性を重視した人生」を描いた歌詞や、
聞き手に囁きかけるような歌い方が
特徴になっています。
代表的な曲に「愛の喜び」、「枯葉」、「愛の讃歌」、
「サン・トワ・マミー」、「マイ・ウェイ」など、
日本でも沢山知られた曲が有ります。
フランス語そのものに、何とも言えない
洗練さ、上品さ、柔らかさ、軽快さ、口先の
出しゃばり感?等が備わっています。
ドイツ語、英語、スペイン語、更には、
ハングル、中国語、日本語とそれぞれに
耳にする「イントネーション」で大概は判別できる
ものがあります。
「フランス人形」あたりは象徴的ですが、
極東の島国「日本」で生まれ育った少年には
「広い世界の存在」を実感させ、
夢見させるのに、充分すぎるほどの
インパクトを与えられたように思います。
「冒頓、質実剛健、一汁一菜」を本分に
人生を過ごすのも一理はありますが、
そればっかりでは無くても、
これも良しと言えそうな気がします。
「シャンソンの謳われる雰囲気風に生きられる
ものなら、そのように生きて行くのも悪くは
無さそう」な気もします。
「いろいろ有って、それで良し」とは
良く言ったものですね、
その通りだと思います。
我家の“リオ君”には、
広いフィールドで、
大所、高所をわきまえた
清廉で、実のある人生を歩んで
もらえたらと思います。
誰をも、大切にできる
心の強さと優しさが
備われば、
充分に可能なことと
思います。
「シャンソン」を、口をとがらせて
口ずさむ“リオ君”も
大歓迎です。
楽しみの広がる
“リオ君”に
バンザイです。
今年もいよいよ締めくくりです。
今年のブログも、
今回で一端筆を置きますが、
身に余る応援の数々には、
心からお礼を申し上げます。
お店の方でも、
昨年来の厳しい情勢下、
支え続けて頂けたお客様には
言葉だけでは済まされない
感謝の思いが有ります。
ありがとうございました。
来年度では、
少しでも恩返しのできますよう
準備を整えて新年を迎えたいと
思います。
よろしくお願い致します。
アンクリエイト

