1875年(明治8年)12月16日、
「王子製紙株式会社」の前身である「抄紙会社」が
東京、王子で製紙機械の営業運転を開始した日です。
「抄紙会社」とは、1873年に、「渋沢栄一さん」が
大蔵省印刷局の許可を得て、民間の印刷会社として
独立させた会社です。
人の記録や、表現の素材として使用されたものの
変遷ですが、
石や粘土板に始まりますが、
古代エジプト、西アジアからヨーロッパにかけては
「パピルス」、「羊皮紙」などが10から12世紀まで
使われて来ました。
現代、一般的に「紙」と称されるものが初めて発明
されたのは、紀元前の「中国」であったようです。
「木簡」、「竹簡」、「経木」、「帛書(絹の布地)」の
利用されていたものが、「紙」へと変わって行った
ものと考えられています。
紀元前に「中国」で発明された紙は、
8世紀頃には、アラビア圏へ、
10世紀頃には、エジプト圏へ、
12世紀には、ヨーロッパへ伝播し、フランスや
スペインには製紙工場が出来始めました。
日本には、仏教の伝来と歩調を合わせて、
伝来してきましたが、原材料も、「コウゾやミツマタ」など
日本独自の「和紙」として発展をし続け、江戸時代には
障子や襖、雨傘などにも使用されるほどに用途も
広げていました。
ロール状に巻き取り、大量生産を可能にした「抄紙技術」が
確立したのは18世紀も末のことです。
それまでは、基本的に植物性繊維を一端水に分散させ、
簀子や網で平らかに広げ、脱水、乾燥させるという
伝統的な製造技法が基本になっていました。
これからの社会活動の中で、「紙」の位置づけは
どうなって行くものでしょうか?
「脱紙社会」という言葉も耳にする昨今です。
こと情報文化の分野では、私たちを含め
想像する以上の変化を繰り返してきている
歴史があります。
ものの十年先、二十年先でさえ確信の持てる
推測はできません。
まして、100年先、1000年先の後輩たちの
暮らしがどんなものか、見当もつきません。
判らなさすぎて、楽しくなってしまうものさえ
ありますね。
我家の“リオ君”ですが、
時計の文字盤を指して、
1、2、3、…、10まで
数えることができるように
なりました。
大きな時計(掛け時計)、
小さな時計(目覚まし時計)と
区別して、目覚まし時計のランプの
付け方と、裏のネジを回すと
大きな音が出ることを
覚えてしまいました。
寝る前に、目覚ましの音を鳴らして
遊ぶのも、寝る前の
習慣になってきました。
何時の日か、使い方が
違う事を指摘したいと
思います。
さすがです。
“リオ君”です。
いよいよ12月も後半に
突入です。
年賀状の準備、年末調整など
気がもめるものの、
なかなか前に進めません。
気を揉みつつの
お客様、歓迎です。
よろしくお願い致します。
アンクリエイト

