“ハイビジョンの日”は、一年に二回あります。

一つは、11月25日の今日で、1987年(昭和47年)

に当時の郵政省とNHKとにより制定されました。

走査線の数が1125本(友好線数1080本)であることに

由来しています。

 

もう一度は、9月16日です。

こちらは制定時期は判りませんが、経産省により

制定されています。

ハイビジョン画面の縦横比(アスペクト比)が「9:16」

であるところに由来しています。

 

白黒テレビで、プロレスや「月光仮面」を見ていた

時には、横に走る線を数えることもできました。

それだけ画像もボヤけ不鮮明だったということ

ですが、見ない時にはテレビの画面には

幕が下ろされ、大切に扱っていたことを

覚えています。

 

カラーテレビの普及後、画面の大型化と

カラーの美しさが競われるようになったように

思います。

「ナショナル」、「ソニー」、「東芝」、「日立」、

「ビクター」その他、それぞれに値段と特徴を

押しだし、消費者への売り込みには懸命に

取り組んでいました。

祖父の家では、家電製品は「ナショナル」に

決まっていましたが、我が家では「ソニー」製品が

巾を利かせていたように思います。

 

昭和から平成に変わるころから、「テレビ」の

形状そのものが変わりだしたように思います。

従来の、奥行きのある、大きな箱型は姿を潜め、

薄っぺらな板状の大画面の「テレビ」に

変わり始めました。

丁度、歩調を合わせるかのように、テレビと

並んで配置されていた「オーディオシステム

レコード本機とスピーカー2台」が姿を消し、

「レコード盤」も裏の倉庫へ収納されて行きました。

 

居間の風景も様変わりです。

このあたりの変化は、巷では「デジタル化」と

呼称され、「ポケベル」の普及から、瞬く間に

「ガラケー」、「スマホ」へと変貌し、

初期の一時(いっとき)は、随分便利なものが

できたものと受け取りましたが、

忽ちのうちに、操作に行きづまり、取り残されてしまう

身分になってしまっている現状です。

 

世界を旅することも無く、鮮明な風景や造作物を

鑑賞できる時代になりましたが、

如何せん、肝心の「眼(まなこ)」そのものが老化し、

力を失い、劣化してしまっています。

 

考えて見ればみるほど「この上ない面白さ」を

思います。

 

ふと思いつき、書棚にある小学校の卒業アルバム

に手を伸ばしてみました。

クラスごとの集合写真を目にして、背の順に並んだ

同級生の顔と名前を辿りますが、同じ男子でも半分

の名前はどうしても出てきません。

まして女子の名前などは、憎からず思っていた

一人を除いては、数名の名前しか判りません。

 

それでも「白黒写真」から伝わってくるものには

格別の感傷があり、手元から手離せぬものの

一つになっています。

 

誰しもの脳の奥底に残る物とはなんでしょう。

生まれ来て抱かれた母の匂い、

暖かな心地よい感触、

声音、さえずり、沢山の笑顔、

山上からの展望等々、

すべて五感を通して受け止めたものだと

思います。

 

本物に如何に近ずくか、

人間のチャレンジは果てしなく

続くものと思います。

我家の“リオ君”の寝相は

大変です。

 

急に寒くなって来ましたが、

眠りにつくと早々に、

布団を蹴たくり、

布団の端っこまで

コロコロ転がって

寝ています。

 

気づく都度、

元に戻しますが、

朝まで何度も繰り返します。

 

寒い冬の間は

要注意です。

 

本人は、グッスリ眠って

朝から上機嫌です。

 

思わず嬉しくしてくれる

“リオ君”です。

 

ありがとう!

今日はどんな一日に

なりますか。

 

少しでもお役にたてますように…

 

よろしくお願い致します。

 

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