1983年(昭和58年)、「日本パン普及協議会」が、
1842年(天保13年)、伊豆韮山代官
「江川太郎左衛門さん」が、軍用の携帯食料として
乾パンを焼き、日本初の「パン」を作ったことを
記念して、毎月の12日を“パンの日”と制定しました。
私が常食の一つとして「パン」を口にし始めたのは
小学校5年頃?に始まった「学校給食」からです。
「脱脂粉乳」と「コッペパン風のパン」だったと思います
が、いつも美味しく頂いたものです。
「脱脂粉乳」の苦手な児童もいたようですが、
私の場合は全く問題は無く、「美味い」給食でした。
昭和30年代の前半頃は、まだまだ「かやぶき
屋根の家」や「掘立小屋風の家」も数多くあり、
小学校での給食が必要な栄養の確保を
支えているのではと思わせられる児童も
各クラスに何人かずつは居たように思います。
高校生になり、給食が無くなりますと、
弁当の無い日は、「学校の購買」で「ハムサンド」を
昼食に取ることが多かったように思います。
数人の友達と校庭に出て、「ハムサンド」を
頬張り、牛乳を飲み、サッカーボールを
蹴ったり、ソフトボールを交代で打ったりして
お昼の休憩時間を過ごしたことを思い出します。
話は飛びますが、先日、その高校の「同級会」の
案内が有りましたが、音楽クラス100名ほどの内で
既に「10名」が逝去してしまっていることを
知りました。寂しさを痛感するとともに、
衷心から、ご冥福を祈る気持ちにさせられました。
大学に入り、下宿生活が始まりますと、
「自炊生活」を経験しました。
お米は、実家から送ってもらっていましたが、
「食パン」も常食するようになりました。
Ⅰ斤、2斤の棒状の食パンを買い込み
ジャムとマーガリンで腹いっぱい食べた
ものです。
「インスタントラーメン」と共に、
食生活の柱的存在でした。
しかし、何時の頃からか定かでも
ありませんが、今の私は、「ご飯派」です。
ご飯に味噌汁、佃煮、おしんこあたりが有れば
充分一食になってしまいます。
目の前にある物は大概残さず食べてしまいます。
「パン」を含め、食べられることの
有難味は痛感しています。
「ありがとう」、“パンの日”です。
我家の“リオ君”も
パンは大好きです。
「アンパンマンシリーズ」だけでなく
「コロッケパン、カツのパン」、
「メロンパン、クリームパン」
「ドーナッツ、サンドイッチ」など、
ゼリーやプリン、牛乳など
上手にこぼさず食べられます。
食パンは、小さく刻んで、
安城公園の「鯉さん」に
ポイポイと食べさせるのが
大きな楽しみの一つです。
何時までも、
鯉さんのように大きなお口で
一杯「パンでもご飯でも」
モグモグ、パクパク食べる
“リオ君”で居てほしいと
思います。
年賀状の早期のご優待に
合わせ、毎年常連のお客様からの
注文が入っています。
「顔を合わせる機会」の少なかった
1年のためでしょうか、
例年よりも出足が早いように
思います。
これも人情のようにも
思えます。
今日も1日
よろしくお願い致します。
アンクリエイト

