沖縄県の県庁所在地、那覇市の日です。
個人的な那覇との関わりは、私たち夫婦の
新婚旅行の地であり、沖縄海洋博の直後に
お世話になりました。
大阪の伊丹空港から那覇空港に降り立ちました。
その当時から、妻の体には病巣が巣食っていたようで、
結婚式を岡崎で挙げた後、那覇のホテルに
着いた時には、足のひざ下には赤い皮下出血が
大きく出ていました。
アクティブな行動は控え、専らタクシーを
利用して、沖縄の史跡や、海洋博の跡地
廻りに終始しました。
歴史的な城跡なども回りましたが、
太平洋戦争での犠牲者の追悼施設や
激戦地、悲劇の崖や巌谷の凄惨な現実の
形見を見せつけられた印象があります。
日本国内では丁度西南戦争で新政府の
権力が統一されるころ、日本への併合を
され、琉球王の家族も東京へ転居させられ、
琉球王朝は終末をむかえました。
以来、沖縄は地理的な面から軍事上の
要地として扱われ、太平洋戦争だけでも
40万人にのぼる民間人の犠牲者を
出してしまいました。当時の沖縄の人口の
30%を超す大変な人命を失ってしまいました。
軍事先行の大日本帝国のなせるわざでは
ありましたが、大戦の後も、早々に朝鮮戦争での
アメリカ軍の最前線の基地として機能させられ、
現在に至るまでその役割を維持し続けて
います。
日本の内地の都合で、宗教や信条まで
押し付けられたあげく、圧倒的に大きな
犠牲を強いられ続けていることには
日本人全体が覚醒すべき必要があると
思います。
アンクリエイト