蒟蒻畑 | 異邦人のブログ

蒟蒻畑

少し前になるが、マンナンライフが消費者庁との協議を経て、「蒟蒻畑」の発売を中止した。

ニュースを見て、「えっ?」と思わず声を上げそうになったが、この件に関しては、ネットでもマンナンライフに同情的な意見が噴出している。「署名TV」というオンライン署名サイトでは、「こんにゃく入りゼリーの販売中止に対する反対署名」に2万5千人以上の署名が集まっている。


当たり前である。


そもそもなぜマンナンライフがこれほど攻撃されなければいけなかったのか。問題の幼児が亡くなった事件の直後、マスコミは異口同音に、マンナンライフはさらなる安全対策が必要と論じた。そこに消費者庁が出張ってきて、ついに蒟蒻畑は販売中止に追い込まれた。


大好きだったのになあ、蒟蒻畑。


なんて言っている場合ではない。なぜこんな愚かなことがこの国で起こってしまうんだろう。マスコミの初期対応と、消費者庁の介入に、僕はほとほとうんざりしてしまった。「安全」という印籠を笠に着た第三者が、よってたかって一つの企業に対して弱い者いじめをしている。似たような構図は、亀田兄弟や朝青龍の時もあって、あの時は、「社会人としての・・・・」とか「風格」とかいうのが錦の御旗になっていたなあ。


話がそれた。


マンナンライフは亀田兄弟と朝青龍とは違う。試合中に相手に頭突きもしていないし、仮病を使ってサッカーに興じてもいない。優良な一企業だ。なぜその企業が自社の人気商品の販売中止に追い込まれなくてはならないのか。マスコミはもうどうしようもないとしても、消費者庁までがそれに乗っかっちゃうなんて、アホの極みである。

一説によると、新設の庁のアピールのためであるとか、N議員の選挙戦略であるとか言われているけれど、そんな理由で蒟蒻畑をこの地球上から消し去るなんて、許されるはずがない。こうなったら環境省にお願いして蒟蒻畑を植物版レッドリスト(絶滅危惧種)に指定してもらおう。


今回の騒動の中で少しだけ救われたのは、2チャンネルを含むネット上の意見の大半が、悪いのはマンナンライフではない、とコメントしていることだ。まだまだ日本人、棄てたもんじゃない。


そう、悪いのは企業ではない。


親(保護者)だ。


子供の窒息死が相次ぎ、子供に食べさせないでと明記されている商品を、どうして子供に与えるのか?今回の事件はおばあちゃんがやったことだから、ちょっとしかたないかなあ、などと普段病院でじっちゃんばっちゃんを相手にしている僕は思ったりするのだが、それにしてもである。

ある母親は、こんなもので窒息するとは思わなかった、と目を丸くしたそうだが、確かにその気持ちはわからなくもない。わからなくもないけれど、逆に言えば、ちょっと考えたらわかりそうなこと、でもあるのだ。

それができないと、子供達の安全はとたんに危うくなってしまう。

公園の遊具やシュレッダーの事件。ことあるごとに、国や企業がやりだまにあがり、マスコミに糾弾されてきた。でもそれは違う。自分の子供を守るのは、国や企業じゃない。自分だ。「そんなこともわからんかった親(保護者)が悪い。」昔6人の子供を女手一つで育て上げたうちのばあちゃんは今回の事件をきっぱりと切り捨てた。当たり前のことかも知れないが、彼女が言うと説得力あるなあ、って思う。


たばこを誤嚥した幼児の胃洗浄を行うとき、いやがる子供の手足を、看護師ではなく親たちに押さえさせる小児科医がいる。泣き叫ぶ子供を自分たちで押さえつけるという行為は、親にとってとても悲痛なものであるらしく、以後深く反省して、決してたばこを子供の手の届くところに置かないようになるという。

実際その現場を目撃したことがあるが、父親は口を真一文字に結んで涙をこらえ、母親は「なおちゃんごめんね~。お母さんが悪かった。もう二度としないから。」と我が子の両手を押さえながら泣き叫んでいた。

あまりにも壮絶な光景だったので、ここまでする必要があるのかなあと正直面食らったが、今思えば、子供を育てるというのは、そういうことなのかも知れない。それが、親の責任というものかも知れない。子供を育てるって、大変なことなのだ。