売春宿にずいぶん思い入れがあったらしく
かなりのページを割いてしまいました。
アミューズです。こんにちは。
前回の続きから。
街の中を歩いていると
街の中心地にたどり着く。
ガイドさんが一緒で説明をしてくれるとは言え
2時間かかってこの中心地。
ここが中央広場っていうんですか?
ここには裁判所があったらしいです。
こんな銅像がありますが
もちろん、これはローマ時代のものではありません。
これは貴族のおうちの床のモザイク。
金持ちはこういうことやるんだね。
ちなみに貴族のおうちには入口の横に
必ず2,3件お店がある。
おうちの横にお店。
そうです。テナントです。
貴族は自分ちの敷地内にお店を誘致して
テナント収入を得て不労で所得を得ていたわけです。
頭いいな。
ちなみにパン屋さんの石窯。
今でも使えそうです。
そしてこれがパン屋さんの石臼。
これも使えそうだね。
2000年前って日本だと弥生時代?
飛鳥時代のもっと前だよね?
この差は何なんだ?
これはトイレね。テルマエ・ロマエを見ている人には
すぐわかる写真ですね。
ここは発掘物の倉庫。
この祈っている人の石膏像は本当に人間です。
写真が見にくいですね。
これは犬。
どうしてこのような石膏像が出来たかというと
発掘しているときに
骨とちょっとした空洞があったりします。
つまり、人間の上に灰が降り積もって固まって地層になる
その後肉は溶けてしまい、その溶けた部分が空洞になってしまうのです。
たまたまその空洞に石膏を流したら
まあ、見事な人の形をした石膏像が出来上がるというわけです。
この埋もれ方といいますか
この形を見て思うのは
本当にあっという間に灰が降り積もったんだなということ。
そのあとお昼ご飯をはさんで
エルコラードの遺跡に行ってきました。
遺跡三昧です。
こちらはポンペイほど有名ではないのですが
こちらも被害にあった遺跡。
ここは遺体安置所ではなくて船乗り場
降り注ぐ火山灰の中、脱出を試みようとしたけど
船に乗りきらなかったのというところでしょうか?
ちなみに、火山灰と地面の地殻変動のため
現在、海はここから3キロくらい離れています。
火山の噴火の規模がどれだけ大きかったのかが分かる逸話です。
ここが祭壇。
ポンペイに比べると規模が小さい。
ガイドさんはポンペイの方が大きな町で
ワインで儲けていたと言っていたが
私は違うと思う。
こっちの方が100年から200年古い街なのではないかと思う。
その分文明がポンペイよりもちょっと遅れているというか
ここで財産を成したものが
ポンペイに移住して新しい街・文化を作ったのだと思う。
貴族のおうちの中。
この辺の作りはポンペイと一緒。
そしてテルマエ。
こちらも同じような感じ。
形としてはシンプルだけど
壁なんかはこっちの方が派手。
何かの宗教的に儀式の場所なんだろうけど
ここもきれいな壁を作っている。
色を使い分ける文化があるわけだ。
おしゃれ。
町全体はこんな感じ。
本当はもっと発掘したいらしいのだけど
上に人が住んでしまっていて
これ以上、発掘が出来ないらしい。
灰が降って町が埋もれて
そのまま1000年も経ってしまうと
もう、別の文明というか
別の人がそこに住んじゃうんだね。
東北地方もそうなのかな?
津波に街が一掃されて
しばらくはみんな丘の上に住んで
しばらくして下に降りてきて
以前とは全然違う町を作っちゃうんだろうか?
道が広くて住みやすいように。
国が違っても人間の行動原理が同じってのは
ちょっと興味深い。



















